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今村昭秀学校長のコラム

今村昭秀学校長のコラム 2018年度

今村昭秀学校長イラスト

(イラスト:マンガ科 小日向一葉)
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2018年度

2018.7.17(New!)

早く梅雨が明けたことから、いよいよ本格的な夏だ、と思っていたら、7月2日〜6日ごろまでを「半夏生(はんげしょう)」といゝ、このころに降る雨を「半夏雨」ということを知りました。この半夏雨は大雨になることが多いのだそうです。まだ夏が半分?半分夏が生まれる?ん。ですが、これは半夏(はんげ)という薬草が生えるころ、という説や7月初旬から花を咲かせるドクダミ科の「片白草(かたしろぐさ)」の葉の半分が白くなり、それが半化粧(はんげしょう)をしているように見えることから、それが転じて「半夏生」になったなど諸説あるようです。書きたくはないのですが地方によっては、ハゲ、ハゲショウ、とも呼ばれているようです。
一年を二十四に分けたのが二十四節気(にじゅうしせっき)で、小暑(しょうしょ)大暑(たいしょ)など、それぞれ季節をあらわす名前がつけられていますが、より細(こま)やかな季節感をあらわす名前、言葉として考えられたのが七十二候(しちじゅうにこう)で、「半夏生」もその中のひとつだそうです。自然によりそって暮らしてきた日本人にとって、これらの言葉から季節の目安(めやす)や行事、生活のしきたりなどが生まれたのがうかがえます。
湿気(しっけ)を伴(ともな)って蒸(む)し暑かった風を黒南風(くろはえ)といゝ、そのあとにくる風を白南風(しろはえ)というなど、風のつく言葉だけでも2000ほどもあるそうです。そうした季節の言葉だけではなく、日本語の言葉の豊かさは「漢語」と「外来語」生粋(きっすい)の日本語である「大和(やまと)言葉」の三種類を日常的に使っていることから、とも言えそうです。まだまだ知らない言葉が限りなくあり、その出会いはたのしみでもあります。
言葉(ことば)は言の葉(ことのは)という美しい表現がありますが、言は和歌をさすことばで、万葉集は万の言の葉であり、美しい和歌には国を安泰(あんたい)にする力(ちから)があると信じられていて、いつまでも青々としている緑の葉を意味する和歌の世界を、言の葉の緑。と呼んでいたり、和歌が心を種にして生まれることから、植物の葉が種から生まれることになぞらえたともいわれます。
言葉といえば、静岡県三島市の「大岡信ことば館」を想います。詩人で評論家であった大岡信さんが昨年4月に亡くなられ、この「ことば館」も11月をもって閉館することになった。と館長から挨拶(あいさつ)状が届きました。湯河原に移ってから興味がある特別展などもあり、折(おり)にふれ出かけました。最後に行った特別展は、もっとも有名でもっとも知られていない詩人。といわれる「谷川俊太郎展」でした。「ことばの学びと遊び」をコンセプトとしたそこは、入館者も少なく静かで言葉の海を心地よく漂(ただよ)い浮遊(ふゆう)する、豊かで贅沢(ぜいたく)な時間をほぼひとり占(じ)めできた、お気に入りの空間でした。
詩歌は表現に無駄がなく、大切なことば以外を削(そ)ぎ落として、少ない言葉で最大の表現をするものですが、私のこのコラムはその真逆(まぎゃく)で、しつこくて、くどくて、あれもこれもと余分(よぶん)な言葉を加えてしまいます。とくに卒業生から長すぎると不評ですが、と言いながら読んでくれているわけですから、しめしめとほくそ笑(え)んでしまいます。「ことば館」に通いながら、まったく学習をしていない、この性格、資質(ししつ)はいまさら直(なお)りませんので、開(ひら)き直(なお)ります。
(遅ればせながら、西日本豪雨で被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。)

2018.6.29

このところ梅雨(つゆ)の中休みのような日が続いていたのですが、今日、関東地方の梅雨明けが発表され、6月中の梅雨明けは初めてだそうです。梅雨の季節はゆううつで、うっとうしく、これを漢字にすると「憂鬱」と「鬱陶しい」です。この字を見るだけでゆううつで、うっとうしくなります。そんな梅雨空(つゆぞら)を吹き飛ばすべく、恒例(こうれい)のスポーツ大会を「国立オリンピック記念青少年総合センター」体育館で開催しました。
その日は梅雨の晴れ間で、気温も上がったのですが、改修(かいしゅう)したらしい会場は、冷房も効(き)いていて快適でした。私は開会のアイサツで、2020年の東京オリンピック招致(しょうち)のプレゼンで、日本の「おもてなし」の心を訴(うった)えて、それが話題になり、その後もいろんな場面でつかわれていますが、これは茶道(さどう)の表(おもて)裏(うら)なし、表無(おもてな)しからきていること、今日は表裏のない正々堂々とした戦いをするように。というようなことを話しました。
目の前でくり広げられる、まばゆいばかりの若さを放(はな)つ、躍動感(やくどうかん)あふれる学生たちの姿を見て、わが身の劣化(れっか)を感じながら、茶道に由来する言葉に「一期一会(いちごいちえ)」もあることが浮かびました。茶会(ちゃかい)は毎日一生に一度だという思いをこめて、お客に誠心誠意(せいしんせいい)尽(つ)くし、その出会いを大切にするということですが、これは学生との出会いにも通じ、この精神で接(せっ)すべく、改(あらた)めて思いを強くしました。
茶道は茶(ちゃ)の湯の略(りゃく)なので茶道(ちゃどう)が正しいという説もあるようです。流派(りゅうは)によっては茶道(ちゃどう)ともいうそうです。茶道(さどう)といゝながら茶(さ)の湯とはいわず茶会(ちゃかい)も茶会(さかい)とはいゝません。お茶屋(ちゃや)もお茶屋(さや)とは言いませんが、喫茶店(きっさてん)も喫茶店(きっちゃてん)とはいわず、茶話会(さわかい)も茶話会(ちゃわかい)とはいわないなど、なんだかわからなくなります。この類(たぐい)の言葉がどんどん浮かんできて、きりがないのでこのあたりでやめます。
茶道といえば、なぜか騎手(きしゅ)を育成する中央競馬会の競馬学校に「茶道教室」があるそうです。授業のほとんどが馬の世話や騎乗訓練ですが、そこを終えた一流騎手が、もう一度受けたいと言っているのが茶道なのだそうです。騎手と茶道には共通点が少なくないようです。無駄な動きを省(はぶ)き、自然体を求められる姿勢や感情など、一流騎手ほど茶道の素養(そよう)があるそうです。そもそもは減量に苦しむ生徒たちに公然とお菓子を食べさせてあげる場を設(もう)けてあげたかったのだそうです。
最近お茶に凝(こ)っているという20数年前の卒業生が、このコラムで私のお茶好きを知り、静岡の手摘(てづ)み茶とおいしく飲めるという冷(さ)ましたお湯を入れたポットと茶碗を校長室に持参してくれ、お茶談義をしながら、うやうやしく入れてくれたそのお茶は、淡(あわ)い緑のまろやかなやさしい馥郁(ふくいく)とした香りと味で、私には上品すぎました。私は熱い濃いお茶が好きという、繊細(せんさい)さがないその雑(ざつ)な感性は、とても茶道の作法には向いていません。私は茶道ではなく、どこまでも邪道(じゃどう)のようです。

2018.6.15

梅雨入(つゆい)りしたとみられる。との気象庁の発表がありました。これは宣言ではなく、梅雨入りしたようですね。梅雨入りした。と言ってもいゝんじゃないですか的な、微妙な表現ですが、これは、走り梅雨。迎え梅雨。などと呼ばれる梅雨入り前と、線引きするのがむずかしいからのようです。このころの雨に緑葉が濡(ぬ)れ、より青みを増すことからこの雨を、緑雨(りょくう)とか青雨(せいう)とも呼ぶそうです。
見わたす緑が、ひと雨ごとに濃くなって、まさに万緑(ばんりょく)の季節ですが、緑といえば緑茶を想います。直線上に土を盛り上げた畝(うね)が続く茶畑の、緑の茶葉が陽光に映(は)えるこの時期、日本を代表する美しい風景として外国人観光客にも人気のようです。
お茶は温暖で適度な降水量のある地域で生産され、産地によってその味や香りが異(こと)なりますが、東北、北海道などの寒冷地を除いて全国に分布しています。茶どころといわれる主な産地は、静岡、鹿児島、佐賀、福岡、宮崎、三重、京都などですが、経済的に流通する栽培地の北限は、新潟県、宮城県あたりだそうです。寺院が庶民の健康や水をおいしく飲むため、茶の栽培を奨励したことから広まったともいわれています。生産量の一位は静岡県で、「駿河路(するがじ)や花たちばなも茶のかほり」と、松尾芭蕉も詠(よ)んでいて、古くからの産地であることがうかがえます。この静岡茶は鎌倉時代の高僧が中国から持ち帰ったお茶の実を、出生地に近い静岡市郊外の足久保という地に植えたのが始まりだそうです。
静岡から原宿まで通っていた卒業生の実家が、なんとその足久保の茶葉の生産農家と知り、さっそく足久保の新茶を求めました。以前、お茶のことを書いたこのコラムを読んでくれた鹿児島県霧島市に住む知人が、「きりしまみどり」という新茶を送ってくれました。そこには贅沢(ぜいたく)なまでの味わい。「極上」とありました。佐賀の知人からも、銘茶「嬉野茶(うれしのちゃ)」の新茶が届きました。それぞれ味と香りが違う産地に、想いをめぐらせながら飲む新茶は、心に染(し)みわたり、さわやかな香りと旨(うま)みに心を委(ゆだ)ねる、おだやかで豊かなくつろぎのその時間は、ぜいたく極(きわ)まりない至福(しふく)のひとときです。
この新茶に対して番茶があります。新茶は新芽を摘み取ったものですが、番茶は摘み残ったかたい葉でつくる、品質が劣(おと)る番外茶のことで、値段も安く普段づかいのお茶として親しまれています。これはこれで新茶にはない、奥深い渋(しぶ)みの味わいがあります。例(たと)えれば、学生が新茶で、私は番茶でしょうか?
茶は煩悩(ぼんのう)の数「百八」を意味していて、十を二つ並べた草かんむりに八十八を書き足して「茶」になっているのだそうです。
私は煩悩が「百八」どころか、頭の中では滅茶(めちゃ)滅茶、無茶苦茶、滅茶苦茶にうずまいていて、苦茶苦茶になっていることから、それらを静(しず)めるべくお茶をよく飲むのは、緑茶セラピーとの思いからです。

2018.5.31

私にとって夏の風物詩であり、季節の風である痛風(つうふう)が、ゴールデンウィークの後半に早くも不意打(ふいう)ちのようにやってきました。例年は6〜8月の間でしたが、今年は4月に夏日があり、5月に入ると夏日どころか真夏日もあるなど、暑い日が多く、勘違(かんちが)いしたのでしょうか。
夏の日、1年に1度の再会といえば、織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)のようですが、そんなロマンチックではありません。その猛烈(もうれつ)な痛さは天罰(てんばつ)を与えられているかのようです。思い当たるふしがなくもなく、甘(あま)んじて受けています。そんな祟(たた)りがあったかの痛さのまゝ連休の最終日、松屋銀座に行ってきました。
子供たちだけではなく、ティーンから大人まで読者が広がっている絵本の世界で「バムとケロ」シリーズが大人気の、カナダ在住の絵本作家で、本校卒業生でもある島田ゆかさんが出展している「MOE 40th Anniversary 5人展」を見るためでした。島田さんの配慮で出版社から、たくさんの招待券が届き、学生の分は希望者が多く、抽選(ちゅうせん)となってしまいました。
絵本の月刊誌「MOE」が、前身の「絵本のおはなし」の創刊から数えて40年を記念して、いま最も支持されているという絵本作家5人による約200点の原画展で、その表現や作風も異なる原画は、それぞれ作家の息づかいや、絵本への想いや背景までもが伝わってくるようでした。絵本から抜け出したグッズコーナーには、本校にある、というより、いる、同じ大きさのバムとケロのぬいぐるみが、原宿から銀座に遊びに来ているかのようでした。しっかり者の優しいバムとおちゃめなケロの絶妙(ぜつみょう)なコンビが繰り広げる、たのしいストーリーの原画は明るく洗練された色使いで、痛風を和(やわ)らげてくれました。
バムとケロに別れを惜(お)しみながら、銀座のメインストリートである中央通りに出て、銀座最大級の複合施設となった松坂屋跡地の「GINZA SIX」へ向かうべく歩いていると、なんとなく風景が違って見え、それは明るい緑の街路樹でした。あっ、これが「柳消え半世紀 カツラで復活」とあった、あの記事のカツラか。とカツラにはことのほか、やたらと敏感な私は、その記事が気になっていたのでした。近よって見ると緑の葉はハート形をしているカツラ(桂)の木でした。銀座といえば「柳」が思い浮かぶのは。ガキのころラジオから流れる<昔恋しい銀座の柳・・・>。<花は上野よ 柳は銀座の柳・・・>。<花咲き花散る 宵(よい)も 銀座の柳の下で・・・>。など銀座の柳が歌詞にある歌を聞いていたからでした。
銀座のシンボルであった柳が姿を消したのは、1968年で、電線や電話線が地中化される工事で柳が抜かれ、腰の高さほどの木が植樹されたのですが、夏になるとひと休みする日陰がないなど、買物客から意見が寄せられ、柳の復活を望む声も多くあったようですが、水場が少ない銀座では育成がむずかしく、春は新緑が美しく秋は黄色に色づき、病虫害に強いことからカツラになったそうです。カツラといえば1960年代、銀座松坂屋の先のビルを曲がったところにカツラ屋があり、その看板を目印(めじるし)にその先にあった今はない、伝説のシャンソン喫茶「銀巴里」に通ったものでした。薄暗(うすぐら)い照明の退廃的(たいはいてき)なムードのそこでは、シスターボーイと呼ばれた丸山明宏(美輪明宏)が怪しい魅力で歌っていました。久しぶりの銀座は、セピア色の昭和の記憶の断片(だんぺん)を懐かしく想い出させてくれました。
休み明け、原宿の本校エントランスに、銀座に遊びに行っていたバムとケロが戻っていました。バムとケロが痛風になったらどんな動きをするのだろうか。などとふと思ってしまいました。島田さんスミマセン。私にはゴールデン(黄金)ウィークであり、シルバー(銀座)ウィークでもありました。

2018.5.15

みかんの花の香りが、あたり一面(いちめん)に漂う5月の湯河原は、まさに風薫(かぜかお)る季節です。そんな風に誘われてゴールデンウィークの半(なか)ば、伊東市の伊豆高原に出かけました。迎えてくれたのは、新緑から深緑(ふかみどり)になった草木の青葉をさわやかに吹き抜け、私の美肌、柔肌(やわはだ)??をこゝちよく撫(な)でてくれた、緑風とか薫風(くんぷう)とか呼ばれる初夏の風でした。広く歌い継がれ、日本を代表する童謡となった「みかんの花咲く丘」は終戦間もない昭和21年、伊豆・伊東市の小学校で、当時12歳の人気童謡歌手だった川田正子が歌い、NHKラジオで全国に中継放送され、その風景が浮かんでくるような明るい歌声が反響(はんきょう)を呼び、レコード化され、それが空前の大ヒットしたのだそうです。ちなみに伊東駅では、この「みかんの花咲く丘」が発車メロディーとして流れています。
伊豆高原は5月の1ヶ月間、毎年開かれているという「伊豆高原アートフェスティバル」をゆっくり散策(さんさく)しながら回ることが目的でした。今年で26回目になるというその案内チラシなどが駅にもホテルにもなく、まさか中止に、と思いつゝさがしたところ、「五月祭」と名が変わっていました。30年ほど前に伊豆高原に移住した美術作家の谷川晃一、宮迫千鶴夫妻が提唱(ていしょう)し、谷川さんが実行委員長になって始まったことは知っていて、関心がありました。それは私も出品した1963年の最後になった読売アンデパンダン展に、谷川さんも出品していて、その常連出品者であった赤瀬川原平さんとも交友があった、懐かしい作家名だったからでした。
谷川さん夫妻はともに絵画、版画、オブジェ、陶芸、絵本制作、アートディレクション、美術批評、エッセイなどその活動は広く、谷川さんは文明批評的な視点のシャープでミステリアスな作風が変わり、自分の暮らしを「再自然化しながらよりナチュラルに深くシンプルに生きること」とし、「毒曜日のギャラリー」なる単行本のタイトルも「草色のギャラリー」など変化しています。宮迫さんの画文集も「緑の午後」があり、自然が絵のイメージをどんどん与えてくれるのです。と言っていました。そんなご夫妻が考えた「アートフェスティバル」は、観光化はしないでギャラリーやアトリエだけでなく、カフェや一般の人の自宅や別荘の玄関、居間、庭先や売り場などさまざまな場所で、プロもアマも誰でも「わたくし美術館」に参加でき、暮らしと自然の中にアートをみつけよう。というものでしたが「五月祭」は実行委員長に谷川さんの名はなく、観光化せざるをえなくなった感が伝わってきました。
大室山を背にしたホテルからの眺めは、見わたすかぎりの緑のグラデーションが広がり、その先の相模灘(さがみなだ)には、大島、利島、新島、神津島などの伊豆諸島の島影がうっすらと望(のぞ)め、「伊豆諸島特産品デザインプロジェクト」が思い浮かびました。本校の学生が9年ほど前から「東京都島しょ振興公社」から依頼され、名産品のパッケージデザインを毎年提案しているものです。昨年は八丈島の特産「黄八丈サブレ」。現在進行中のものに「三宅島粉末あしたば」があります。今月末には毎年行われている、愛らんどフェア「島じまん2018」が竹芝桟橋で始まり、開会式の出席への案内をいただいています。会場では本校の学生がデザインした特産品も売られることになっています。
伊豆高原では、よりどりみどりのアートフェスめぐりのつもりでしたが、「五月祭」は東大の学園祭が連想され、高揚(こうよう)していた気持がなんとなく萎(な)えてしまいました。そういえば、一高生(東大)が淡い恋心を抱(いだ)いた名作「伊豆の踊子」の踊り子は、伊豆大島から来ていたのだった。などと想いながら、東大には何の罪(つみ)もありませんが、「五月祭」になったのは、とうだいもとくらし(灯台下暗し)に思えてなりませんでした。

2018.4.28

おだやかで清々(すがすが)しい初夏ともいえそうな、心地(こゝち)よい暖かさの原宿を、4月20日の朝9時、新入生421名、学担、職員と私も同行、合わせて452名が大型バス10台を連(つら)ねて相模湖プレジャーフォレストへ向かいました。これは、まだ学校生活に慣れないオリエンテーション期間にデーキャンプをして、クラスメイト・先生とのコミュニケーションをはかることを目的とした年中行事です。
かつてはカレーライスやパン作りなどをやっていたのですが、こゝ数年は「ダッチオーブンでピザ作りとコーンスープ&サラダ」になっています。各学科ごとに持ち寄った食材をトッピングして、バラエティー豊かなピザを焼き上げ、にぎやかに頬張(ほおば)る、青春を丸かじりにしているかの姿や、食事の後、プレイランドで遊ぶその躍動感あふれ、青春を謳歌(おうか)している新入生たちを見ていると、あたかもその青春をおすそ分(わ)け、山分(やまわ)けしてもらっているかの気分になりました。
四方(しほう)を山に囲まれたデーキャンプ場は、見わたすかぎりの新緑が春風にゆれ、透明感がある春の陽(ひ)にきらめき映(は)え、身も心も緑に染(そ)まるかのようでした。そんな新緑の木々の間(あいだ)に濃(こ)い緑の杉の木がまとまってあり、花粉が舞っているのではないか、と気になったのですが、どうやらすでに花粉は飛び散ったあとで、ほっとしました。これからは桧(ひのき)の花粉が舞うのだそうです。
この数日前、多くの新留学生を迎え、留学生懇親会を開きました。私はアイサツで、留学中はできるだけ日本の友人をつくり、日本の文化に触(ふ)れるように、などと話をしていたのですが、留学生の中に3人ほどマスクをしているのが目にとまり、思わず花粉症ですか。と聞いたところ、そうではない、と手をふられ、とっさに花粉症は日本特有のものです。日本を代表する固有種の杉の花粉が主(おも)な原因です。日本をより理解し、深く知るためには花粉症になることです。花粉症は日本固有の文化です、来週行く相模湖の周辺の山には杉の木も多く、花粉症になるチャンスです。などと言ってしまいました。なんということを、ですが話の流れでついうっかりでした。日本人の3人に1人は花粉症だといわれ、国民病ともいえ、あながち間違ってはいないとは思いますが、なにしろ気が小さいものですから、本当に花粉症になったらまずいとの思いで、このところびくびくしているのですが、幸いまだそういった話はとどいていません。
花粉症の原因であることから杉の木は、いまや嫌(きら)われものですが、先人(せんじん)の方々が杉の木を植林してくれたおかげで戦後の復興期(ふっこうき)の住宅建築に大いに役立ったことを忘れてはならないと思います。その存在感、力強さなどから森の君主(くんしゅ)ともいわれ、その花言葉は「雄大」で、他に「君のために生きる」があるそうです。
留学生に花粉症になるように勧(すす)めた以上、当然のことですが、私も花粉症にならなければ、との思いですが、症状は花粉症に似ていますが微妙(びみょう)にちがい、どうもこれは加齢症(かれいしょう)のようです。

2018.4.14

ボタン桜とも呼ばれる八重桜(やえざくら)は、いまを盛りと咲いていますが、ソメイヨシノなど一重咲(ひとえざ)きの桜の花は散り、そこはかとない、とりとめのない不思議な愁(うれ)いを感じる、そんな想いを表した言葉に「花過(はなす)ぎ」があります。花過ぎ、のようだった校内も新学期が始まり、あたかも鳥がさえずり、花々が咲き乱れる、春の美しい景色を形容するときに用(もち)いる「柳は緑 花は紅(くれない)」のまさに春爛漫(はるらんまん)になっています。
この時期の芽吹きの美しさは格別(かくべつ)です。芽吹いたばかりの萌黄色(もえぎいろ)の新緑の若葉が、春の光にかがやいている、神宮の森にかこまれた明治神宮会館で、4月9日朝10時より入学式を行いました。この萌黄色は、春先に萌え出る若葉の黄緑色のことですが、新緑の若緑が若さを象徴(しょうちょう)するとして、平安時代に若者向けの色として愛されたという伝統色です。新しい芽吹きの萌黄色の若葉がすぐに濃(こ)くなって、青葉になるであろうことを思い、新しい人生のスタートである入学式で、初々(ういうい)しい新入生と萌黄色が重なって見えてしまいました。 浅い緑色が濃くなると、「青葉」とか「青もみじ」とか、「青柳(あおやぎ)」や、緑色なのに青野菜、青物などといゝますが、昔は色の幅(はば)が広く緑色も含(ふく)めて青といったからだそうです。いまでも緑色の信号を青信号というのもその名残(なご)りのようです。春の青はやわらかく若々しい緑のイメージであり、「青春」は、こゝから生まれた言葉で、夢と希望に満ちあふれ、活力のみなぎるこの時期を、人生の春にたとえたわけですが、入学式の会場はその「青春」が充満(じゅうまん)していました。まったく、縁(えん)もゆかりもない「赤の他人」の人たちが初めて顔を合わせた青春の入学式ですが、「青の他人」とは言わないのは、この「赤」には何もない。という意味や「赤はだか」「まっ赤なうそ」「赤っ恥」など強調する意味があり、赤は明(あか)いからきていて「明らかな他人」「明らかなうそ」の、その意味を強調するため「赤」という視覚的効果を加(くわ)えて、赤という字が当てられたようです。
「赤信号みんなで渡れば怖(こわ)くない」は、1980年ごろの漫才ブームでツービートのビートたけしが、日本人の群集心理をついたネタで言ったのが流行語になりました。このころの私は、色彩の授業で、赤、黄、青の信号の色はどうしてこの色になったのか。どこから始まったのか。という説明で、発祥(はっしょう)の地は大阪で、アホウ(青)気ぃ(黄)つけんとアカン(赤)がな。といっていたことからきている。と伝(つた)えたら、熱心にメモをとっている学生がかなりいて、あわてました。もちろん、これは「まっ赤なうそ」です。ジョークと普段の表情があまり変わらないことから、わりあい信用されてしまう。という欠点があります。もう手遅(ておく)れですが、赤の他人にも誤解(ごかい)されないように、表情を豊かにする顔面(がんめん)の筋(きん)トレをしなくては、と思っているところです。

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