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今村昭秀学校長のコラム

今村昭秀学校長のコラム 2007年度

今村昭秀学校長イラスト

(イラスト:マンガ科 小日向一葉)
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2007年度

2008.3.31

北九州市(小倉市、門司市などが合併)の松本清張記念館に行きたかったのは、清張が小説家としてデビューするまで小倉に住み、朝日新聞西部本社の広告部意匠係として、いまでいうグラフィックデザイナーのような仕事をしていたことを知り、興味をもち、清張の小倉での生活が描かれている自伝的小説「半生の記」をはじめ、北九州を舞台にした作品や社会派推理小説、歴史小説の他、現代、古代史などへの独自の視点が鋭く面白く、乱読していたことがあったからでした。記念館は清張が44年間暮らしたゆかりの地である、旧小倉市、現、北九州市小倉北区に建てられていました。入ってすぐのスペースには、全著作700冊の表紙が貼られ、仕事部屋や書庫も再現されており、グラフィクパネルや映像といったビジュアル的な表現で、松本清張の人と文学が体系的にわかるようになっていて、松本清張の世界をより深く理解することができました。
グラフィックデザイナーとしての清張は、全国観光ポスターコンクールに応募して受賞したり、日本グラフィックデザイナー協会の前身ともいえる日本宣伝美術会の九州地区委員になったりしながら、1950年「週刊朝日」の懸賞小説に応募、「西郷札」が入選し、小説家としてデビュー。その3年後に「或る・小倉日記・伝」が芥川賞となり、これがきっかけとなり、朝日新聞東京本社に転勤することができ、上京。本格的に作家活動をスタートすることになりました(3年後朝日新聞社を退社)。芥川賞になった「或る・小倉日記・伝」は「三田文学」に発表され、最初は直木賞候補だったそうです。これは文藝春秋社を設立し、芥川賞、直木賞を創設した菊池寛の女婿(ムコ)で松本清張とも交流があり、「三田文学」にも関わっていた藤沢閑二さん(元文藝春秋社専務)から聞いた話です。藤沢さん(当時50代後半)とは私が20代後半のころから亡くなられるまで20数年にわたり、お付き合いさせていただきました。この間、あちこちへ飲みに連れて行ってもらったり、旅行や、文藝春秋社主催で当時人気のあった文士劇などに同行させていただいたりしながら、多くの文化人の方々との出会いがありました。
そうした出会いのうち、特に印象に残っているのは夏目漱石の次男、夏目伸六さんでした。夏目さんは文藝春秋社に入り、菊池寛らと主に父漱石に関する随筆を発表していました。伸ちゃん閑ちゃんと呼び合う仲でしたが、どうみても夏目さんの方が藤沢さんより年長だったように見えました。(漫画コラムニストの夏目房之介さんは甥(オイ)にあたります。)藤沢さんは俳句もされていて、生前いただいた句集「遠近」(をちこち)を久し振りに開いてみました。そこには俳句仲間が寄せた文の中に「閑二さんの周りにはよく人が集まる。文学愛好の若い人びとの中には現役の高校教師だとか大学教授、医師、写真家、デザイナーなどで閑二さんの平常心ゆたかでやさしい紳士の人柄が知れよう」とありました。この中のデザイナーとは私のことだと勝手に思い、改めて、長い間、さまざまな、ぜいたくな時間を過ごさせていただいたことに感謝しているところです。(松本清張は1970年「昭和史発掘」などの創作活動で菊池寛賞を受けました。)

2008.3.18

先月下旬、福岡二科展(福岡市美術館)に行ってきました。主催の西日本新聞社の招待によるもので、二科会理事長で日本芸術院会員でもある織田廣喜先生とご一緒させていただきました。私の役目は西日本新聞社賞の審査と展示指導、前夜祭での挨拶、オープニングへの出席でした。
前夜祭のあとは2次会、3次会にも参加し、地元出品者との交流を深めることができました。また、オープン当日は早朝から強い雨と風で、一般入場者は少なく、広い会場をゆっくりと見ることができ、巡回展に選ばれた本校グラフィックデザイン科、イラストレーション科の学生や卒業生の作品も見ることができました。その日は柳川への観光も予定していましたが、悪天候のため変更して、北九州市の松本清張記念館に行きました。

北九州市を訪れたのは2度目で、2004年9月に国民文化祭「とびうめ国文祭」のデザイン・グラフィックアート部門の審査員として、福田繁雄氏(日本グラフィックデザイナー協会会長)とともに参加しました。国民文化祭は、文化に対する人々の関心を高め、新しい文化の創造、伝統的な文化の普及継承をはかる国民的行事として、文化庁が各都道府県と毎年開催しているものです。「とびうめ国文祭」のとびうめとは、福岡の大宰府天満宮のご神木「飛梅」のことだそうです。伝説の「飛梅」をどうしも見たくなり、北九州市立美術館での審査後に大宰府天満宮に案内してもらいました。梅の花の季節ではなかったのですが、その枝ぶりから、純白の可憐な花を咲かせている様が想像できました。
審査の事前打合わせ会が終った夕食の席では、福田氏が芸大に在学しているとき、二科展商業美術部(現デザイン部)に応募し、入選したことにまつわる話など、いくつかの面白いエピソードを聞くことができました。
福田氏とは30年ほど前、池袋西武のギャラリーでの縁がありました。私は西武広報室の企画で「優雅な悪意」というタイトルで個展をしたのですが、厚みが1cmほどある名刺や、毎日カギをはずさないとめくれない、日めくりカレンダーなどの作品が話題となり、福田氏がアドバイザーをされていた、ユニークなギャラリー、アトリエ・ヌーボーを紹介され、何回か個展を開かせていただくことになりました。その後、福田氏はじめ、ヌーボーゆかりのクリエーターによるロフトフォーラムや、アートフォーラムでの、モノづくり100人展などにも参加させていただきました。ある年、西武がクリエーターを集めて開いてくれたクリスマスパーティに数人の学生をつれて参加したとき、学生が福田氏を囲んで写真を撮っていたことなどが懐かしく思い出されます。

松本清張記念館を訪れたことを書くつもりが、別の話になってしまいました。この話は次回に触れたいと思います。

2008.2.29

暦の上では立春が過ぎたとはいえ、寒い日が続いていた週末、六本木ヒルズ森美術館の「アートは心のためにある展」、ミッドタウンのサントリー美術館「ロートレック展」、21-21 DESIGN SIGHT「200∞年目玉商品展」に行ってきました。
「アートは心のためにある展」は、「ポートレイトから身体へ」「造られた世界」「ランドスケープから宇宙へ」という構成で、身体や現代の人間、風景と人間をテーマとしていました。先日見た東京国立近代美術館の「わたしはめまいしたわ展」も「わたし」と「他者」の関係をテーマにしていて、両展のテーマの共通性を感じました。
サントリー美術館では、前回の「鳥獣戯画がやってきた展」も見ましたが、日本のマンガやアニメ、キャラクター文化のルーツといわれている、国宝「鳥獣戯画絵巻」を見ることができました。(マンガ科の学生が課外授業で見学しました。)「ロートレック展」は、19世紀末、パリのモンマルトルで歓楽に浸り、踊り子を描き、ムーランルージュのポスターで知られている、ロートレックの油彩画、版画、ポスター、デッサンを一望できました。同時代の画家、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌなどと印象派後の新しい時代を創り出したひとりですが、油彩画のほとんどが板や厚紙に描かれており、そのグラフィカルな表現はシエレー、ミュシャと共にアールヌーボーの巨匠といわれたポスター作家としての魅力を改めて強くしました。
21-21 DESIGN SIGHT「200∞年目玉商品展」は、視る、見る、観る、診る…みるちから。デザインはものごとを見極める力、優れた目が欠かせないとして「優れた視力」「先を見通す力」をもった目をテーマに、企業とクリエーターがコラボレーションした作品(目玉商品)の展示でした。入口からすぐのオープンスペースの作品は、鮮やかな色彩で描かれた紙片をさまざまな形に切りぬき、記憶の断片や日々の生活から得た感覚が心の中にくり返される思考や、変化していく感情を表現しているそうです。空間につられていたり、床にちりばめられていたりしているおびただしい数の切りぬかれた紙片は、本校のディスプレイデザイン科イラストレーション科の学生がお手伝いさせていただきました。完成した作品を鑑賞者として見るだけでなく、作家の制作プロセスを手伝うことで、作者の意図するコンセプトがわかる貴重な体験だったと思います。学生が関わらせていただいたことで、より、興味深く、楽しく、うれしく見させていただきました。

2008.2.15

伊勢市在住の友人(グラフィックデザイナー)から伊勢名物の赤福が送られてきました。
昨年、製造日偽装などで、(株)赤福は営業禁止処分を受けていましたが、営業再開となり、徹夜組も含めて深夜から早朝にかけて200人ほどが並んでいるところを、各メディアが報道していました。友人も午前2時頃から並んで買って送ってくれたそうで、あの光景を思いながら、うれしく、ありがたくいただきました。
赤福のパッケージの中には、伊勢神宮でつくられる一刀彫のお守りに使われる干支の絵の縮小版(その原画は上述の友人が毎年、伊勢神宮庁へ出向いてスケッチをして制作していました。)と四季折々のしおり「伊勢だより」が毎年封入されていましたが、今年はそれらに替えて、不祥事のお詫びと営業再開についての挨拶文が入っていました。
消費期限や製造日偽装については論外ですが、売れ残り商品を再利用したものについては、これをキッカケに有効利用を考えても良いのではないかと思いました。企業や外食産業、家庭では日々多くの食べ物が捨てられ、賞味期限がくるとくさってもいないのに返品されるような飽食と浪費の日常生活。そうした中、輸入ギョーザ事件により、外国からの輸入がなければ食はまかなえないことが浮きぼりになり、今さらですが、食料自給率を高めることなどが話題となっています。又、食育という言葉も最近よく使われていますが、早くから食育を提唱されていた服部栄養専門学校の校長、服部幸應先生が渋谷区の専門学校の学校長親睦パーティの折、食の重要性や、食を通して人間教育をする食育に力を入れているお話をされていました。自らの食を自分で選択する判断を身につけるための取り組み。単なる料理教育ではなく、食に対する心構えや、栄養学、無駄にしないことなど、伝統的な食文化についての総合的な教育を含んでいるといった内容でした。まず、日本人の食に対するぜいたく病を変えるために、食べ物を大事にすることの大切さ「食のもったいない」を、心にとめて生活する必要がありそうです。もちろんこれは自らに向けた自省、自戒でもあります。

2008.1.28

ここのところ、卒業生との新年会、その他いくつかの新年会への出席、年賀状の整理をするなど、まだ年の始まりが続いています。卒業生からの年賀状は、楽しく、うれしいものですが、結婚して子供の写真入りの賀状が年々増え、感慨深いものがあります。この4月から入学する予定の高校生からも数通もらい、4月の出会いを楽しみにしているところです。
今年は「カーボンオフセット年賀」という賀状も数多くいただきました。これは55円で、5円分が地球温暖化防止に取組む環境事業への寄付にあてられ、寄付を通じてオフセット(埋め合せ)しようというものですが、私は私製のポストガードを賀状にしており、いささか、うしろめたい気持ちです。その再生紙による年賀はがきが古紙の配合を偽っていたとして、エコ偽装などと批判されていますが、環境への関心や意識が高まる中、その心を裏切ったことは残念でなりません。年賀状はできるだけ早く年末までに出すようにしています。しかし、うっかり出し忘れたり、初めていただく方などには年明けに書くことになり、申し訳なく思っていたのですが、年賀状を受け取ってから出す賀状に「戻り年賀」という、優雅で、しなやかな、美しい言葉があることを知り、少し気が楽になりました。日本郵政も「年明け年賀」を書きませんか、というキャッチコピーでキャンペーンをしており、郵便局では年明けにも年賀はがきを売っていました。
年賀状といえば、安価で簡単に手づくり感がプリントできる「プリントゴッコ」が、子供から大人まで、家族が一緒に気軽に年賀状づくりが楽しめるとして、ブームになりました。「プリントゴッコ」は、昭和52年(1977年)に理想科学工業から発売されて以来、1994年頃をピークに広く日本の一般家庭に普及しました。その後、パソコンの普及により急速に衰えたため、デジタルとアナログを融合させた新製品「プリントゴッコJET」が開発され、専門家にこれを使って作品を制作してもらい、アピールしたいとの相談を受け、仲間と共に協力することになりました。
会社に出向いて制作したカードアートの作品展を各地で開催したのですが(画家でタレントの城戸真亜子さんも参加)、銀座でのオープニングパーティで主催者側から年賀状にまつわる多くのエピソードを聞き、その多様な人間模様が年賀状から見えてくることに、なるほどと思ったことを思い出しました。多くの人にさまざまな形で出会い、関わり、支えられ、お世話になっていることが思われ、改めて感謝しながら年賀状の整理をしております。

2008.1.11

新年は7日から授業が始まりました。仕事始めでもありましたので、今年も地元の鳩森八幡神社へ、学生の安全と学校の発展を願って祈願、参拝に行ってきました。地元の方々が訪れる静かな神社で、参拝者の多い有名神社とは違った雰囲気の中、清々しく、気持ちを新たにすることができました。
神社のとなりに日本将棋連盟の将棋会館があり、境内には将棋連盟によって建立された将棋堂があります。宮司さんのお話によると、年初には「将棋祈願祭」が行われ、5日には米長邦雄将棋連盟会長など有名棋士の方々がこられたそうです。米長さんで思い出すのは、20年ほど前、伊豆長岡で行われたアパレル関連業界の経営者セミナーに、講師として米長さんのお兄さん(当時原糸を扱う大手商社の課長)と私の2人が呼ばれたときのことです。(伊豆長岡へは、数年後グラフィックデザイン科の教員達と旅行したことも思い出しました。)米長さんは「世界の綿糸の動向について」、私は「若者文化について」を話したような記憶があります。その日、主催者が用意してくれた宿泊先は、壮大な日本庭園の中にある、しょうしゃな数寄屋造りで、離れ形式の和風建築邸として知られていた三養荘(三菱財閥の創始者の別邸)でしたが、部屋数が少ないため、米長さんと私が同じ部屋での泊まりとなりました。おかげで遅くまで米長兄弟のエピソードも含めて、さまざまな面白い話を聞くことができました。
将棋の対局は、主に和室で座布団に座る形で行われる、きわめて日本的なるものですが、古代インドが発祥で、中国から日本に入ったそうです。取った相手の駒を再使用できるという日本のルールは他国にはないようです。 日本の年末年始はクリスマスに始まり、ベートーベンの「第九、歓喜の歌」の合唱があり、大晦日の晩はお寺での「除夜の鐘」、正月には神社やお寺に「初詣で」と、変と言えば変ですが、欧米の価値観とは違う、日本人のこうした柔軟な精神性が日本文化を形成してきたともいえます。日本のマンガやアニメの国際的な人気の秘密も、この辺にあるのではないかと思い至った年の始めでした。

2007.12.25

東京の街が、すっかりクリスマスモードに表情を変えていた頃、本校ディスプレイデザイン科の学生も、代官山の商業施設「ラクェンテ代官山」のクリスマスツリーを制作し、代官山のクリスマスを彩るお手伝いをさせていただきました。
クリスマスといえば、東京ミッドタウンの「21_21 DESIGN SIGHT」にWater展(佐藤卓ディレクション)を見に行ったのですが、夕方であったのが幸いして、タウン内の3つのエリアで展開されていたイルミネーションも堪能することができました。会場のある「ミッドタウンガーデン」には桜並木のイルミネーションに誘われて、芝生広場に広がる青と白に輝くじゅうたんのようなイルミネーションが、Water「水:Mize」展のテーマに連動しているかのようでした。Water展は異なる分野のデザイナーがさまざまな角度からデザインと水の接点をつくり、五感に訴える「デザインによって水を示す」ことを新しいかたちの視点で試していました。自然や社会にデザインはどのような視点を示すことができるか、を問いかけてもいました。
本校もここ2年間「エコ・美化・デザイン」をテーマに各学科でさまざまな取り組みをしてきました。その成果を、東京ビッグサイトで開催された「エコプロダクツ2007」のエコGOODデザイン・スクエアのコーナーで発表、展示しました。この「エコプロダクツ2007」は環境問題に取り組んでいる多くの企業、団体、学校、官公庁、自治体などが参加するエコ関係では最大スケールのものだそうです。(会期中福田首相も来場)本校のスローガン「未来を創る、自分を見つける、夢と環境をデザインする」により発表、展示された全学科の活動と学生作品は、本校学生のエコへの関心の高さと深さが伝わってきました。
原宿表参道ケヤキ会主催の「エコアベニュー」のプレゼンテーション会場(原宿クエストホール)にも、表参道のエコをテーマにした、住宅デザイン科、ビジュアルデザイン科の学生作品を展示、紹介させていただきました。「エコアベニュー」とは原宿、表参道は環境問題にも取り組んで、美しい街づくりをしている、先進的な街であることへの宣言です。
エコ・リサイクルをテーマとした「Meguro River Jam 造形アート展」では、インテリアデザイン科の学生作品(グループ制作)が大賞と東京商工会議所目黒支部会長賞を受賞しました。先日行われた表彰式には、私も担当の教員、学生代表と一緒に出席して、喜びを共にさせていただきました。作品は「SPEAK FOR ANNEX」で展示され、入賞作品は恵比寿ガーデンプレイス38F展望スペースに1月11日まで展示されています。大賞になった作品は「堕ちる自然」というタイトルの環境破壊へ警戒を促す作品として高い評価をうけました。
こうしたエコ問題への制作、活動を通して学生たちが、単なる言葉遊びではなく、エコロジーへの理解と関心を深め、意識の高揚へとつなげていってくれたら、との思いです。(良いお年をお迎えください。)

2007.12.12

先日、校長室に学生(イラストレーション科1年)が訪ねて来ました。彼女によれば、高校のとき、英語の教科書にボランティアについて紹介されていたのを見て、関心・興味をもち、ネットで色々なボランティア活動を調べたところ、各地で清掃活動をしているGreen birdというのを知り、地元の吉祥寺や、表参道の清掃に参加していたそうです。そのときの、今まで味わったことのないような、晴れやかな気分の充実感、気持ちの良さが忘れられず、学校で呼びかけて仲間と共にボランティア活動に参加したいので、サポートして欲しいとのことでした。Green birdというのは「きれいな街は人の心もきれいにする」をコンセプトに誕生した、原宿、表参道発信のプロジェクトです(合い言葉は・KEEP CLEAN KEEP GREEN・)。本校も表参道ケヤキ会のメンバーであり、その清掃には学生、教職員が参加しています。
私もボランティアについては、2001年の「ボランティア国際年」(国連制定)のポスター、キャラクターデザインやポストカード、Tシャツ、エコバッグ、他各種印刷物など、ボランティアの普及、啓発のための内閣府の広報をクリエイティブディレクターとしてお手伝いしたことがあります。また、東京ボランティア市民活動センターとのコラボレーションで「ボランティア」をテーマとしたポスター展を行ったこともありましたので、ある程度の理解はしているつもりです。
ボランティアは、ボランタリーが語源で、各自が望んで行うものです。押しつけや、義務化するものではありませんが、実際には、外国でも学校、先生、教会や地域などが組織をつくり、そこに参加しているようです。 もっと知りたい、もっとかかわりたい、もっと学びたいという気持ちで、見かえりを求めないボランティア活動に参加したいということを、自発的にアピールしてくれた学生の出現には、うれしく、ありがたく、そんな学生がいたことに、ほっとしました。人との関わり方、心のつながり、自分と周りの人々の助け合い(自助、公助、協助、互助)を、無理せず、できることから少しずつ始めればよいのでは、と伝えました。このような心の豊かさが、ユニバーサルデザインにつながっていってくれたらとの思いと、本校もそうした学生の気持ちを、大事に育んでいけるような環境づくりに一層努めなければならないとの思いを強くしたところです。

2007.11.29

ケヤキ並木が初冬への移ろいを見せてくれる、都内でも数少ない、季節を感じることができる都市景観の表参道。表参道は、文化、ファッション、デザイン、アートなど日本を代表する最先端のエリアであり、本校のキャンパスライフのエリアでもあります。
昨年オープンした表参道ヒルズは、新たな表参道の顔となって連日にぎわっていますが、本校住宅デザイン科の学生が、表参道ヒルズ周辺の住環境(エコ)への提案をしたり、原宿警察、原宿防犯協会の依頼で制作した原宿防犯ポスター(アニメーション科学生作)がヒルズ入口に掲示されたり、本校が参加した「原宿落書き消去キャンペーン」の出発式もヒルズの吹き抜けスペースでした。そんな、こんなで表参道ヒルズとの関わりがあるのですが、表参道ヒルズは、長年親しまれていた旧同潤会青山アパートの跡地に建設されたものです。設計は安藤忠雄さんで、あの同潤会アパートの街の記憶を継承し、ケヤキ並木に溶けこむように配慮されています。外壁のツタやケヤキ並木と、時が止まったような不思議で独特な雰囲気のあった、あの同潤会アパートへの思いが、懐かしく誘われる風景となっています。この同潤会アパートとは、関東大震災で木造の市街地が大きな被害を受けたため、不燃の鉄筋コンクリートの集合住宅を提供する目的で東京、横浜などに建てられたものです。その殆んどが老朽化により建てかえられていますが、表参道の青山アパートも転出者が増え、ギャラリー、ファッションブティックなどにショップ化され、居住スペースと雑居する状態でしたが、それらが、雑多な魅力をかもし出してもいたわけです。ここのギャラリーでは卒業生が個展やグループ展をやっており、よく見に行ったものです。 私がいま住んでいる近くにも数年前まで「同潤会大塚女子アパート」というのがありました。このアパートの前を通るだびに中に入りたい衝動にかられ、見学をお願いしましたが一歩も中に入れてもらえませんでした。住んでいる方々が全員高齢の女性であり断られるのは当然のことですが、ここを舞台に、住民の奇怪な生活ぶりをミステリーにした小説「大いなる幻影」が江戸川乱歩賞になり、のちに「猟人日記」で直木賞候補としてベストセラーになった両作品を読んでいたこともあり、また作者の戸川昌子さんの母親が管理人として住み、戸川さんも同居していたことも知り、興味があったからでした。この同潤会大塚女子アパートは職業をもっている独身女性のためのもので、当時はここに入居することがあこがれの的であったそうです。
戸川昌子さんはシャンソン歌手でもあり、今や伝説になっている銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」で歌っているのを聞いたことがあります。丸山明宏(現、美輪明宏)さんも怪しい魅力で歌っており、シスターボーイなどといわれていた頃でした。
同潤会青山アパートから生まれ変わった、表参道ヒルズのコンセプトは人、ショップ、街、空間、それぞれがイマジネーションを触発しあい、クリエーターが集まって感性を磨き、多彩な情報発信をする基地としての空間、「メディアシップ」だそうで、これは表参道の街そのものであり、本校の空間でもありたいと思っています。

2007.11.15

10月の終わりから、11月始めにかけて、本校の学生が参加、出展しているいくつかのイベントの中から、「東京モーターショー」(幕張メッセ)、「ライセンシング・アジア2007」(東京ビッグサイト)、「東京デザイナーズウィーク2007」(神宮外苑)に行ってきました。
「東京モーターショー」は世界の5大モーターショーといわれていますが、トラックや、乗用車、商用車、二輪車など、総合ショーの形態をとっているのは東京だけのようです。国内外のメーカーからワールドプレミアム(世界初の発売)77台を含む542台が出品され、会期中の入場者は150万人を超えるそうです。そんなビッグなイベントに本校の学生作品が展示、紹介されました。それはイギリスのモーターサイクル「トライアンフ」社のブランド「sixty」の、タンクカバーデザインコンペティションで入賞した最優秀作品など、ビジュアルデザイン科グラフィックデザイン科の学生がデザインした5点が「トライアンフ」社のブースで発表されました。CG科の学生が制作した、映像作品も流れており相乗効果をあげていました。(専門雑誌「モトナビ」にも掲載されました。)
イチョウの葉もまだ青く、黄色く色づくのが遅れている神宮外苑での「東京デザイナーズウィーク2007」はインテリアや、生活用品など、世界各地から240を超す企業やデザイナーが最先端のデザインで参加しており、日本最大のデザイン関連イベントともいわれています。事前審査で通ったインテリアデザイン科ディスプレイデザイン科の学生7名が、地球環境に配慮した公園に設置する、ストリートファニチャー部門に出品しました。そのみずみずしい感性による、それぞれの表現は、エキサイティングで新しいデザインの可能性を予感させてくれる作品でした。インテリアデザイン科、ショップデザイン科の本校講師の作品も展示されており、さすがプロの発想は違うと、学生たちへの良きモデルとなっていました。
「ライセンシング・アジア2007」はキャラクター、イラスト、ロゴマークなどの、ライセンスビジネスの啓蒙、普及、健全な発展と市場の拡大を目的としており、内外の有名企業に混ざって本校のブースにイラストレーション科マンガ科の学生作品を出展しました。 すでに知られているキャラクター、これから売り出そうというキャラクターなどの中で本校ブースの、学生らしい、新鮮で斬新な発想の作品は目を引き、企業からの問合せもよせられています。このような社会と接するイベントに参加することで社会性を身につけ、市場のビジネス展開につながっていってくれたら、と期待しているところです。

2007.10.31

秋晴れの天候に恵まれた10月中旬、恒例の学園祭を開催しました。
昨年からネーミングを「原宿祭」として、作品展示をメインに、学生たちが主体となって企画、運営しています。
学生活動プロジェクトによる企業課題、コンペ出品作品、デザイン体験、ライブ、ミスコン、フリマ&デザイン関連アウトレットセールなどなど多彩なイベントは、意欲的で活気と躍動感にあふれ、本校と学生の現在とこれからを予兆、予感させてくれるものでした。昨年は本校創立40周年ということもあり、さまざまな取り組みをしたのですが、今年も引き続きエコロジーを共通テーマとしました。
ビジュアルデザイン科が江戸時代の表参道のエコをテーマにした作品、住宅デザイン科の表参道ヒルズ周辺の住環境(エコ)を提案した立体作品など多くの作品が印象に残りました。そうした作品の中から、インテリアデザイン科ディスプレイデザイン科ジュエリー・クラフト科の作品を12月1日~2日に行われるMeguro River Jam「めぐろ造形アート展」(東京商工会議所主催)に、さらに本校のエコデザインへの取り組みや活動のプロセスを紹介するパネルと各科の作品を12月13日~15日に東京ビッグサイトで行われる「エコGOODデザイン・スクエア」へそれぞれ出展する予定です。
こうした学園祭を超えて校外のイベントに参加することは学生にとって大きな刺激と、広く企業、社会へのアピールとなり、今後の活動がより社会へと広がるきっかけになってくれればと思っています。
学園祭の会期中にOB、OG会もあり、先生方、卒業生が和やかな空気がただよう中、久しぶりの再会で話もはずんでいました。学園祭とは、人と人との心をつなぐデザインによるコミュニケーションの場でもあることを改めて感じることができました。
(ショップデザイン科の展示作品のうち、パッケージデザインに挑戦した作品が、富山デザインフェア2007「パッケージデザインコンペティション」のテーマ「お菓子を包む」のパッケージ提案で読売新聞社賞と努力賞に入賞したとのうれしい知らせがありました。)

2007.10.19

先日、夜間講座の6ヶ月と1年コース(10月生)の修了証書授与及び修了パーティを開催しました。各教室で講座ごとの修了証書授与のあと、イベントホールで成績優秀者と校外コンペで活躍した人への表彰(学園特別賞)を行い、恒例のパーティに移りました。殆どの人が昼間の仕事を終え、疲れた体で通学し修了した、晴ばれとした表情に、心からの敬意を込めて、「お疲れさまでした。」を言いました。
ギャラリーでは各講座の課題作品、修了制作などの作品展が開かれ、短期間での制作とは思えない完成度の高い作品が並びました。これから、次のステップへと飛躍していって欲しいと思います。
また、グラフィックデザイン1年コースの企業課題の採用作品の発表もあわせて行いました。これは(株)フレッシュネスが店舗展開をしている「FRESHNESS BURGER」のアドカードの課題をいただきデザイン制作をしたものです。 課題制作にあたっては、栗原社長自ら来校され、会社についてのオリエンテーションをして下さいました。「FRESHNESS BURGER」を立ち上げるまでのエピソードやコンセプトを、ユーモアに満ちた独特の語りくちで話していただきました。学生時代には建築を専攻したという社長のクリエーターとしての視点が経営に生かされていることなどもわかり、受講生は楽しく興味をもって理解し、意欲がわいたようです。作品完成後、社長が再来校され受講生からのプレゼンテーションを受け、講評、総合評価をしていただきました。選ばれた作品はクリスマスカードとして印刷され、「FRESHNESS BURGER」の各店舗にも置かれることになっています。
本校の受講生のために有意義な課題提供と、お忙しい中、熱心に対応して下さった栗原社長に、改めて感謝申し上げたいと思います。ありがとうございました。

2007.9.27

「六本木の地で新たな一歩を踏み出す二科展」というスローガンで、9月5日~17日まで国立新美術館で開催された二科展は、前回より倍の入場者があり、盛況のうちに終了しました。長い間上野の東京都美術館、上野の森美術館の2つの会場で行われてきた二科展が、六本木の国立新美術館に会場を移し、絵画、彫刻、デザイン、写真の4部門の作品が同じ会場で展示されるようになりました。
初日のオープニングに際し、午前10時、絵画部織田廣喜、彫刻部細井良雄、写真部大竹省二、デザイン部今村昭秀の各部代表によるテープカットが執り行われました。夜は恒例の絵画部、彫刻部の懇親パーティが東京ミッドタウンのザ・リッツ・カールトン東京で行われ、今年も招待していただきました。私の席は左に織田廣喜二科会理事長、右が伊勢彦信イセ文化基金理事長という主賓席でした。織田先生からは94才とは思えない、疲れを知らないようなひょうひょうとしたお話を伺い、右となりの伊勢さん(アメリカで生玉子の流通革命をしているイセグループの会長でもある)からは、ご本人がゲスト出演されたデレビ東京のカンブリア宮殿(村上龍、小池栄子の司会進行でユニークな経営者を紹介する番組)をたまたま見ていたこともあり、この番組のこぼれ話や二科ニューヨーク展で二科会がお世話になったことなど色々と興味深い話を聞く事ができ楽しく、恐縮しながらも豊かな歓談の時を過ごすことができました。
毎年、本校の在校生、卒業生も二科展に出品し、多くの入選、受賞者を出しています。夏休みに入ってからの約2週間という短期間で私が直接指導にあたり集中制作をしていますが、これは学校の課題とは別に色々と挑戦する経験が表現領域の拡大につながり、課題制作にフィードバックされ、相乗効果をあげプラスアルファーを生んでいくことを目的としています。8日の国立新美術館ホールでのデザイン部の授賞式、懇親パーティでは在校生、卒業生が交流するうれしい光景が見られました。
今年はデザイン部の企画として、視覚に障害のある方にも美術館に来ていただいて、手で触れて鑑賞できる立体化(発泡コピーを使って触図化)した「触って観る」ポスター・アートの特別コーナーを設けました。これはユニバーサルアート、ユニバーサルデザインともいえる新たな価値観による新しいアート・デザイン領域や鑑賞領域の拡大につながることを願って企画したものですが、目の不自由な方にも来ていただき、多くの問合せや取材が入り、NHKニュースで全国放映されるなどさまざまなメディアで取り上げられ、ある情報番組では今までの鑑賞の常識をくつがえす試み、などとも紹介されました。
(10月1日から12月31日まで渋谷Bunkamura入ってすぐのエントランスの小スペースウィンド「日立二科ギャラリー」(日立製作所提供)に私のリトグラフ1点が展示されています。お目にとまりましたら幸いです。)

2007.9.7

猛暑、酷暑、炎暑などといわれるような暑い日が続いていた頃のある日、今村塾という集いがありました。
これは、夜間講座グラフィックデザイン1年コースの修了生が企画し命名した集まりで、年に数回行っているものです。
今回は涼しげな展覧会を見ようということになり、東京ミッドタウンのサントリー美術館で開かれている「水と生きる」展に行ってきました。稲作の国である日本は何より大切な水を守るためのあらゆる努力を重ねながら自然と呼応して生き、「水の文化」を成熟させてきたわけですが、日本人の暮らしを、水との係わりという視点から<潤 水と生きる><流 水の表現><涼 水の感覚><滴 水をよむ>の4つのテーマで幅広い表現領域の作品が展示されていました。周囲が海であり、起伏にとんだ地形から川や滝、湖などの水辺の景色や風土の関係が、水に対する独特の感性を育んできたことが良くわかる展覧会でした。
水をテーマといえば、数年前に明治神宮が「代々木の杜フォーラム・神々と森と人のいとなみを考える」を開催したときのシンポジウム「水と緑と土」「水と都市と文明」「水と信仰と暮らし」「水と生命と地球」などの 各テーマのリーフレットのデザインを本校のグラフィックデザイン科ビジュアルデザイン科の学生が制作させていただきました。日常生活ではあたりまえにある水が、あらゆる生命の源であることの深さと広がりを改めて学生と共に知る機会になりました。そのとき水にまつわる言葉を学生と一緒に書き出してみました。 水かけ論、水をあける、水争い、水に流す、寝耳に水、水をさす、水くさい、水もしたたる、水いらず、水ももらさぬ、水入り、水あたり、水をうつ、水を向ける、水増し、水さかづき、水のあわ、水商売、水かがみ、などなど英訳がむずかしそうなその限りない多様な表現におどろきました。「水と緑の国」への思いをつのらせてくれた今村塾でもありました。

2007.8.22

夏休みに入り、授業のない校内は、オープンキャンパス、説明会体験入学などのイベントが続き雰囲気が一変しております。
連日の猛暑の中、全国から多くの入学希望者や保護者の方が来校され、各イベントに熱心に参加されています。長距路バスで日帰りの方、一泊され翌日帰られる方、何回か通ってくださるリピーターの方、自宅から来られる都内や近郊の方などさまざまですが、暑い中貴重な時間を使って参加されているわけですから、少しでも不安や、悩み、疑問を解消していっていただきたいと、我々教職員、在校生が本校の魅力をあらゆる角度から理解していただけるよう対応させていただいております。
イベントに参加された皆さんが驚かれるのは、原宿という場所のイメージや駅から近いのに人通りが少ない本校周辺の静かな環境です。
本校は原宿竹下口を出て、夏休みでにぎわう竹下通りを正面に見て、線路ぞいを代々木駅方向へ2~3分歩いたところにあります。本校前の道路をへだてて、JRの線路があり、その向こう側には明治神宮の森、右手前には、もうひとつの原宿駅といえる、通称「宮廷ホーム」とか呼ばれている天皇専用の駅があります(正式名は原宿駅側部乗降場)。2001年の全国植樹祭で使われ、その後使用されていないこともあり、若者でにぎわう原宿の街のけんそうとはかけ離れた静かな環境にあります。デザインの大切な要素でもある静と動のコントラストがはっきりわかる環境にあります。イベントへの参加は新たな自分を発見するキッカケにもなります。原宿の東京デザイン専門学校には、ドキドキ、ワクワクする刺激的なイベントが待っています。本校で新たな自分と出会ってみませんか。在校生、教職員(私も)がお待ちしております。

2007.7.26

本ページに、5月中旬から私のキャラクター似顔絵が登場しています。これは学内公募で選ばれたもので、マンガ科2年の小日向さんの作品です。学内から広く公募しようということになってから、募集期間中は校内各所に、あたかも指名手配写真のような私の顔のビラが貼られていました。
応募作品には、私に遠慮があったり、子供っぽく・可愛すぎるなど、いろいろあったようです。(「ようです」というのは、実は最終的に決まるまで、担当者が私には作品を見せてくれませんでした。)それらの中から小日向さんの作品が候補として選ばれ、彼女には再度描いてもらうことになったようで、校長室で話をしながら、じっくりと私を観察した上で出来上がったのがこの似顔絵です。ご覧になられた皆さんはよく似ていると言っています。私も学生から見るとこんなに年寄りに見えるのかと、ややショックを受けながらも、とてもよく描けているのではないかと思っています。
似顔絵を見ると分かると思いますが、そうです、私はハゲています(頭頂部脱毛、テッペンハゲ)。卒業生に10数年ぶりに会ったりすると、「先生は全然変わっていない」などと言われ、喜ぶべきが悩むところです。よく教室ではハゲをネタにした話をすると、「リアクションに困るから自虐ネタはやめてくれ」と苦情を言われたり、就職活動で面接に行く前に私の頭を触っていくと良い結果がでるなど、全く根拠のない噂も広がっていました。また、中国からの留学生が当時話題になった中国の養毛剤を買ってきてくれ、密かに試してみましたが、効果は得られませんでした。卒業パーティーではカツラを贈られるなど、関連エピソードは数限りなくあります。 意図的なのか、単なる誤植なのか、ときどき印刷物に「今村照秀」となっていたりします。よく見ると「昭」の字だけではなく「秀」も「禿(ハゲ)」と似ていて、「今村昭秀」→「今村照禿」、こうなると、そもそも名前が悪いのではないかと考えたくもなります。
権威ある百科辞典には「老年性と壮年性による脱毛については、特に有効な治療法はない。」と断定して書いてあります。先日、新聞オリコミに全国書店にて絶賛発売中「確実に利くハゲ治し理論」なるチラシが入っていました。残念ながら、もう手遅れです。

2007.7.12

梅雨の季節とは思えない真夏のような強い陽射しの先月中旬、体験入学がありました。私も参加された皆さんにご挨拶させていただき、本校についてのさまざまな相談に親しくお話させていただきました。これから夏休みにかけて多くの体験入学、オープンキャンパス、説明会が予定されています。私もできるだけ参加者の皆さんと直接お会いしたいと思っております。
その日の役割を終えた後、南青山の「秋山庄太郎写真芸術館」に行ってきました。一般公開に先立ちご案内をいただいていた開館記念展の内覧会でした。
秋山先生は女性写真の第1人者で写真界の大御所でしたが、2003年(平成15年)にお亡くなりになられました。赤坂プリンスホテルでの偲ぶ会には私も出席しましたが、生前の交遊の広さがうかがえる政、財、文化、芸能、スポーツ界から多くの著名人がこられていました。先生は二科会写真部の創立会員であり、代表も努められ、日本広告写真家協会会長など多くの要職を歴任されました。また、写真専門学校長として後進の指導にも当たりながらメディアでの活動も先がけ的な存在でした。個人的には二科巡回展でご一緒させていただいたことや、都美術館での二科展会期中の朝、不忍の池でハスの花を撮影している先生をお見かけしたこと、二科展会場でお会いしたおりに笑顔で軽く手をあげてくれる柔和な表情の優しいお人柄が思い出されます。
1960年(昭和35年)40才のとき、約4ヶ月仕事を離れパリに滞在。昼は美術館やギャラリーに通い、夜は芸術家たちと酒を酌み交わす自由気ままな日々を過ごした時のパリのスナップを中心に、「こころの休み時間~パリの四ヶ月その後」と題して今回展示されていました。当時のパリのなにげない日常風景の写真ですが、過剰な技巧を排し、普遍性を追求した作品で、アマチュア精神を大事にされた先生らしいものでした。その10年後に私がパリに行ったときと重なるような光景もあり、懐かしく追体験させていただきました。館運営のコンセプトは「こころの休み時間」だそうで、そのスペースは都会のけん騒を忘れさせてくれるオアシスでした。先生が好きでコレクションされていた浜口陽三氏の静かで味わい深く温かいエッチング(私も好きです)や、先生のお人柄のような安らぎ、いやしの空間でした。
近くにある岡本太郎記念館にも久し振りに寄ってみました。(岡本太郎さんも二科会会員であった時期がありました。)秋山先生とは対照的な、躍動感に満ちあふれた形と色彩の強烈な印象を受ける岡本作品を見て、バランスがとれたような、落ちつかないような不思議な気分がほぐれないまま、南青山から人のあふれる表参道へと戻りました。

2007.6.26

先月下旬、ソウルで開かれた校友会韓国支部の親睦パーティーに行ってきました。金浦空港に降りたのは21年ぶりでした。私が初めて韓国に行ったのは1986年(昭和61年)、まだ仁川空港ができる前で大韓産業美術家協会に国際審査員として招請されてのことでした。当時はまだ大衆文化の解放がされておらず、色々と規制も多く、文化交流も少なく、韓流ブームといわれるような現在の状況は考えられませんでした。4年前の「冬のソナタ」が火付け役となり、韓国と日本それぞれのドラマのリメークや日本のマンガが韓国で映画化されたりしているのは、98年から段階的に始まった日本の大衆文化の解放によるポップカルチャー(大衆文化)の越境と相互乗り入れが急速に進んでいるからのようです。
ソウルは王朝の首都であった歴史の名残も感じられ、古いものと現代感覚が調和したダイナミックな躍動感を感ずる不思議な魅力がある首都です。夕方から始まる親睦パーティーまでの時間を利用して、韓国で一番美しい宮殿といわれ、NHKで放映された「チャングムの誓い」のロケでも登場している昌徳宮(朝鮮王朝第3代国王建造)を見学しました。緑豊かな広大な敷地に立ち並ぶ非定型的な造形美と軒下に施された極彩色は建築の韓流と言えるかもしれません。
校友会韓国支部の親睦パーティは江南のザ・リッツ・カールトンソウルで18:00より始まりました。スペース系、ビジュアル系各学科の31名の卒業生が来てくれ、私が直接教えた学生も卒業以来の再会で話がはずみました。卒業生同士で結婚した夫婦、子供連れの出席者などもいて和やかな雰囲気の中、それぞれの分野で活躍、頑張っていることを知り、頼もしい成長ぶりに、うれしく、ありがたい思いでいっぱいになりました。韓国は「教師の日」が制定されているほど教師や年長者に対する敬いの気持ちの儒教精神が生きており居心地がよく、別れを惜しみながらの宴は22;00頃まで続き再会を約して散会となりました。

2007.6.8

ゴールデンウィーク連休後半も展覧会を巡る日々を送りました。
初めに六本木の国立新美術館のポンピドーセンター展「異邦人たちのパリ」を見ました。(本校イラストレーション科マンガ科も校外授業で見学しました。)芸術の都といわれたパリに、異邦人(エトランゼ)であるピカソ、シャガール、カンディンスキー、モディリアニ、藤田嗣治、今井俊満、堂本尚郎、ほか多くの画家、彫刻家が移り住んで制作に打ちこんだ作品は、あらゆる人種、文化、芸術の異質の出会いを包容、許容するパリの懐の広さ、深さを感じました。エコールド・パリの熱気(文豪ヘミングウェイはパリを毎日が移動祝祭日のようだといった。)が伝わってくるような見ごたえのある展覧会でした。 続いて、以前オープニングレセプションに出席した東京ミッドタウンの21-21 DESIGN SIGHTの第1回企画「chocolate」展に行ってきました。プロダクトデザイナーの深澤直人さんのディレクションで国内外30人のクリエーターがチョコレートをテーマに参加。それぞれが、ユーモア、ウィット、アイロニーなど多様な発想・視点で、造形的に遊び創ったチョコレートを目で味わってきました。
お台場にある移動式で仮設のノマディック美術館で開催されているグレゴリー・コルベール作品展「ashes and snow」も見てきました。「自然との共生」をテーマに、世界各地の動物と人間の交流をとらえた写真と映像。それらはすべて実写で合成技術は一切加えられていないのですが、哀しいかなデジタル加工がされているのではないかと疑ってしまうほど見事なものでした。外壁には貨物用のコンテナを、屋根と支柱に紙管を使うなど、リサイクル資材で作られた仮設の館内には2×3m以上の和紙にプリントされた大型写真50点以上が宙につるされ、巨大スクリーンに映像作品が音楽と共に流される神秘的で深遠な空間でした。現代人が失いつつある何かを問いかけられ、呼び覚まされているような安らぎに満ちた静かな感動を覚えました。
最後に本校講師の染色による個展「野暮天の型と縞」展に行ってきました。毎年見させていただいているのですが、今回は橘流寄席文字書家橘右門さんとのコラボレーション作品を興味深く拝見しました。
休み明けの学校で在学生から声をかけられたのですが、連休中に国立新美術館の「異邦人たちのパリ展」入口で私に似た人を見かけたとのこと。在学生は音声ガイド器の貸出しのアルバイトで会場入口にいたそうです。こんなささやかなエピソードもあり、この大型連休は展覧会ざんまいの豊かでぜいたくな時間を過ごすことができました。

2007.5.25

年間を通じ、卒業生、講師、友人、知人、美術館、ギャラリーなどから数多くの展覧会の案内をいただきます。できるだけ見に行くようにしているのですが全部見ることができません。本校は5月1・2日も休校で、文字どおりの大型連休となりましたが、特に行楽とか遠出などの予定もなく、この機会にできるだけ多くの展覧会を見に行くことにしました。
前半は特に卒業生の展覧会を中心に巡ってきました。最初は18年ほど前の卒業生(G科)が出品している笠間工芸の丘クラフトギャラリー(茨城県笠間市の芸術の森公園内)の「新進作家陶芸展2007」へ行ってきました。会場は、木々の緑と芝生の緑が目にまぶしいほどの広大な丘で初夏を思わせるさわやかな風の中、おりから陶炎祭期間でもあり、笠間焼で知られる土地柄からか家族づれでにぎわっていました。卒業生は現在実家のある土浦に(在学中は土浦から通学)工房を開き、新進陶芸家として独立しています。本人とは会えませんでしたがその丹精をこめた食器や花器などと並びオブジェ的な作品もあり、本校でデザインを学んだことが生きていることがうかがえる作品でうれしく思いました。
日を改めて、同じ頃の卒業生(G科)の個展を「ららぽーと横浜」へ見に行ってきました。「名もなき彼らの物語」というタイトルの2.5m×2.5mの台の上に天地1.3m、2m×2mの大きな立体イラスト(創作ドール)をメーンに小作品も展示されていました。いづれもヨーロッパの裏街で展開される庶民の日常生活(建物、人物、生活用具)が、紙粘土で立体的に作られており、親近感を覚える表情、人間模様が伝わるこまかな細工と着色は大変な労作で地元の新聞にも紹介されていました。粘土でケーキを作ろう!!という体験教室もやっており、子供、大人相手に本人がテンテコまいしている姿も見られ、ほほえましく、楽しく見させてもらいました。
翌日、8年ほど前の卒業生(G科)が出展している新宿リビングデザインセンターOZONの手しごとのモノが大集合している「クラフトマーケット2007」へ行ってきました。会場内卓上ブースに展示された封筒ART、HAND MADE CARD、ALPHABET MESSAGE CARDなど、繊細な感受性が奏でるコラージュによる小作品はなによりも本人が楽しみ、よろこび、いつくしんでいる体温や息づかいがメッセージとして伝わってきました。久し振りの再会で積もる話が多く、見学者そっちのけで話しこんでしまいました。
3人共このデジタル化社会で、あえてアナログ(手わざ)での作品展はほっとするなごみ、安らぎ空間でもありました。ゆっくり卒業生の作品展を巡ることができ、これ以上ないような至福の連休前半を過ごすことができました。

2007.5.11

晴天に恵まれた先月初旬、明治神宮の木々が芽吹き、新緑の木もれ陽がさわやかに光を放つなか、明治神宮会館で入学式を行いました。不安による緊張感と夢の実現への期待感がみなぎる会場で私は式辞のなかで次のようなことを話ました。
「皆さんは本日より東京デザイン専門学校の学生の1人となったわけです。今日から共通の夢や目標をもった仲間がいます。今日ここで初めて出会い、これから仲間となる皆さんは偶然を装った必然という運命的な出会いをしたわけです。夢は1人では叶えられません。夢の実現にはその夢を共有できる人間関係づくりや、多くの人の応援、声援も必要です。本校で担う教育の使命のひとつにも励まし合える仲間づくりへの支援があります。仲間がいるから続けられるのです。誰かとのつながりを実感できるスペースとして学校は大切な場になると思います。人との関わりの中でコミュニケーション能力やさまざまな能力が培われます。」
仲間づくりのコミュニケーションの機会として入学式の翌週からガイダンス、オリエンテーション期間を設け、留学生懇親会(今年度は韓国、台湾、中国、タイ、ベルギー、ベトナム、インドネシアといった国籍の留学生が入学されました。)を行い、新入生全員参加のフレッシュマンレクリエーションでは私も参加してバス12台を連ねて相模湖ピクニックランドへ行きデーキャンプで賑やかにピザ作りに興じました。周辺の山々からは新緑の浅い緑、常緑の濃い緑などのさまざまな緑の風がここち良く吹き、ピザを焼くカマドの火にも力をもたらしてくれ、学級担任の教員他多くの教職員も交えてコミュニケーションを図り、親睦を深め、楽しい時間を過ごしてきました。 緑(みどり)は草木の「新芽」の意味でみどりは「芽出る」から生じたそうで、さしずめ入学式から新学期にかけての学校生活の学生を色でたとえれば「萌黄」もえぎ(萌え出る草木の黄緑色)といえるでしょう。出会い、緑、木もれ陽などと書いているうち、出会いは生きる力という、谷川俊太郎さんの「生きる」という詩の一節を思い出しました。

生きていることはいま生きているということ、
それはのどがかわくということ、
木もれ陽がまぶしいということ、
ふとあるメロディを思い出すということ、くしゃみをすること、
あなたと手をつなぐこと。

運命的な出会いをした学生が新芽の緑から成長し花を咲かせるべく、私たちが教育や環境によって誠意をもって、ていねいに育成しなくてはならない、との思いを改めて強くしました。

2007.4.20

3月30日六本木にオープンした東京ミッドタウンが多くのメディアに紹介され話題になっています。オープン前の28日には東京ミッドタウンの内覧会とミッドタウン内に開設された「21_21 DESIGN SIGHT」のオープン特別企画「安藤忠雄2006年の現場悪戦苦闘」展のオープニングレセプションに、(財)三宅一生デザイン文化財団より招待を受け行ってきました。
東京ミッドタウンは六本木ヒルズから500メートルほどのところにあり、オフィス、ホテル、ショップ、レストラン、住居、美術館などが入る複合ビル群で、「都心の上質な日常」をテーマにしています。六本木ヒルズの華やかさに比べて、いたるところに「日本の和」の空間があり、上質で落ちついた雰囲気を感じました。中心にあるミッドタウンタワーは六本木ヒルズの森タワーより10メートル高いそうで、本校一号館屋上から東京タワーをはさんで右に森タワー、左にミッドタウンタワーが望めます。
「21_21 DESIGN SIGHT」はデザイナー三宅一生氏らが監修するデザイン文化交流のためのデザインミュージアムで、デザインに関する情報発信の拠点としてデザインを通して世界を見る場所であり、生活を楽しくする文化としてデザインを「探す」「発見する」「創る」「視点」をもった施設として開設されました。デザイン設計は安藤忠雄氏でそのデザインは三宅一生デザインの特徴である「一枚の布(平面から立体)」からイメージされた鉄板の一枚屋根のシンプルな外観で、あたかも翼を休める鳥のような造形でした。展示場などの主なスペースはほとんど地下にあり、ミッドタウンタワーとは対照的な低さで、独学で建築を学んだ安藤さんの建築哲学が象徴的に表現されているようで、そのコントラストが面白い風景を創りだしていました。
オープニングレセプションは、安藤忠雄氏、三宅一生氏を囲んで「21_21 DESIGN SIGHT」の建築プロセスと今までに安藤さんが手がけた代表的な建築の写真、模型、ドローイングなどを見ながら、石原慎太郎東京都知事、黒柳徹子さんなど各界著名人がなごやかに集う中始まりました。
しばらくして私たちは外のテラスに出て、シャンパンを片手にガーデンテラス前の桜並木を眺めながら優雅な時間を過ごし、帰りに安藤忠雄氏直筆のサインとドローイング入りのカタログをいただいてきました。 東京ミッドタウンには赤坂見附から「サントリー美術館」が移転し、六本木ヒルズの「森美術館」と乃木坂駅直結の「国立新美術館」をつなぐ六本木アート・トライアングルは新たなアート、デザインの発信地として本校学生にも興味、関心をもって欲しいところです。
(住宅デザイン科は校外授業で安藤忠雄展を見学に行く予定です。)

2007.4.5

先日、夜間講座の6ヶ月・1年コースの修了証書授与と修了パーティを行いました。ほとんどの受講生が昼間働きながら頑張ってこられた強い意思と情熱にいつもながら頭の下がる思いです。今回は本校1Fギャラリーで各講座の修了作品展を行い、他講座の作品もお互いに見ることができる機会をつくりました。またグラフィック1年コースでは昨年に続き今年も特別授業で制作した企業課題「KDDIデザイニングスタジオ」(Kスタ)さんのアドカード(Advertising Post Card)と通常授業で制作した作品の作品展を「Kスタ4Fギャラリー」で開催させていただきました。 ギャラリー入口には学生たちが次のメッセージを掲出しました。

<魔法使い(クリエイター)になろう!>
2007年、世界はインターネットを中心に、ジャンクで安価なイメージが満ち溢れている。 カットそして、コピー&ペーストといったコンピューターのオペレーションに比重を占めるクリエーターが、安易に大量生産されているからだ。 私たちが勉強している東京デザイン専門学校(TDA)はちょっと違う。
なぜならばクリエーターとしてのコミュニケーション能力と、想像力の引き出し方の教育に重点を置いているからだ。 つまり、魔法の杖(コンピューター)の使い方ではなく、魔法そのものの発想のしかたを習う場所なのだ。
一方、「KDDIデザイニングスタジオ」は、新しい人材の発掘・育成・発信をテーマに"表現する場"の提供という活動に実績を上げている。 このようにTDAとKスタは、同じ志しでデザインという名の「魔法」(mission)を発信している場だ。 この2つのコラボレーション!素敵じゃないか! おまけに私たちは、今世界で一番クールで奇妙な都市、東京にいる。 さあ、魔法使いたち、街へくりだそう、空を切り取り、街を蘇らせ、地を創造し、新たなる世界を魔法(mission)によって創りだす瞬間を。 そして、ここにある私たちの魔法で何かを感じ取って欲しい。

「Kスタ」さんは竹下通りから明治通りに出ると右向い側にあり、地元ということからコラボレーションをさせていただいております。「Kスタ」でのオリエンテーションで概要の説明を受け館内見学、体感をして、遊べる、楽しめるコミュニケーション施設のイメージをまとめ、後日「Kスタ」の方々に本校にきていただき、各自がデザインしたアドカードのプレゼンテーションを2日間にわたり行った結果8点が採用されました。(待ち受け画面にも使用される予定です)5月には、原宿、表参道エリアのショップにも配付されることになっています。学生にこのような機会を与えてくださった「KDDIデザイニングスタジオ」さん、ありがとうございました。

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