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今村昭秀学校長のコラム

(イラスト:マンガ科 小日向一葉)
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2019.6.14 New!

青葉に包まれ、露(つゆ)に濡(ぬ)れ、鮮(あざ)やかな緑の青梅の初もぎや、収穫が始まったなどのたよりが、ついこの間あった、と思っていたら関東地方も梅雨入(つゆい)りした、との報がありました。この梅雨は、本格的な夏になる前の露払(つゆばら)いのようなものですが、真夏日があるなどして、初夏を惜(お)しむまもなく、夏がきてしまった感があります。
雨の多いこの6月を「水無月(みなづき)」という、和名がありますが、これは水が無(な)いのではなく、無(な)が「の」にあたり、「水の月」であるという意味で、京都などでは、このころに「水無月」という名の和菓子を食べる習慣が、平安時代から続いているそうです。
針葉樹の濃い緑と広葉樹の浅い緑が、まるでパッチワークのようだった湯河原の里山は、その差がなくなり、万緑(ばんりょく)の夏の景色になってきました。ときおり、夏ウグイスの鳴き声が聞こえるなか、空(くう)を切るようにいきおいよく急旋回(きゅうせんかい)し、頭上をさっとよぎっていくツバメの姿が目につきます。毎年6月に入ると地元の小・中学生向けに「ツバメ観察会」を行っていて、その目的は、豊かな自然に興味をもち、鳥や自然を大切にする心を育むとともに、観察、調査をすることにより、ツバメの生態から環境の変化を探る。ということだそうです。
寒い冬、南方で過ごした燕(つばめ)が春には日本に戻ることから、「初燕」や「燕来る」は、春の季語ですが、「燕の子」は夏の季語です。それは、人家の梁(はり)や軒先(のきさき)に巣づくりをして、7月ごろまでに1、2回産卵と子育てをするからですが、このことからかつてはツバメが来ると縁起がいい、といわれました。毎年ほとんど同じ場所に戻るのは、古巣を利用してリホームするためともいわれます。ツバメは外敵をさけるため、人の出入りの多いところに巣をつくることから、温かく見守る人も多いのですが、不衛生、鳥インフルエンザが怖い、などイヤがる人も増え、巣づくりの途中で落とされてしまったり、建物の構造も変化して、巣づくりに向かなくなってきているなどで、全国的にツバメの生態数が減ってきているようです。
東京の都心では、都市化の影響で2015年からツバメが姿を見せなくなっているそうです。ツバメといえば、プロ野球の「ヤクルトスワローズ」は最初の球団名が「国鉄スワローズ」でした。当時は国鉄の球団だったことから、国鉄の唯一(ゆいいつ)の特急列車であった「つばめ」号に由来しているのですが、候補の中では「コンドル」が有力だったところ、国鉄が「混(こ)んどる」ではまずい、という意見があり「座(すわ)ろうず」にしたという説もあるようです。本当かどうかは?です。
ツバメに限らず多くの身近な動植物が姿を消しているのは、とりもなおさず人間のせいですから、そのうちしっぺ返しが来ることは自明(じめい)の理(り)です。おだやかな季節の移ろいが極端に変化するようになっているのはその兆(きざ)しのように思えます。
佐々木小次郎が修練(しゅうれん)の末、編(あ)みだしたといわれる必殺剣に、空を飛ぶツバメを斬(き)るがごときの「ツバメ返し」がありますが、いずれツバメの方から「ツバメの倍返し」があるような気がしてなりません。

2019.5.30 New!

その辺(あた)りに咲く、野生の草花や、公園、ガーデニングの花など、いろいろな花が咲き乱れている、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)のいまは、養蜂(ようほう)の最盛期なのだそうです。その花の蜜(みつ)を求めて飛び交う小さなミツバチの姿は、健気(けなげ)で愛(いと)おしくさえ思えます。

かつては、この時期の代表的なはちみつの蜜源(みつげん)は、レンゲ草の花でした。どこの田んぼでも、緑肥にするためタネをまいて、紅紫色の花のじゅうたんの田園風景がみられ、<ひらいた ひらいた なんの花が ひらいた れんげの花が ひらいた>。<春の小川は さらさら行くよ 岸のすみれや れんげの花に>。など、童謡にも歌われました。「手に取るな、やはり野におけ、れんげ草」は、れんげ草のような野の花は、やはり野原に咲いているのが似つかわしい。ものにはそれにふさわしい場所というものがある。れんげは、野に咲いているからこそ、美しく眺められる。家の中に飾っても不似合いで、その美しさが失われてしまう。という、人や物への例(たと)えにも使われるほどでしたが、化学肥料を使うようになったことから、その役割が終わり、記憶の中の懐かしい風景となってしまいました。

数年前から、日本橋、銀座、原宿などの都心のビルの屋上でミツバチを育て、蜂蜜を採取する都市養蜂というスタイルが話題になっています。こゝ原宿表参道にある老舗(しにせ)の洋菓子店「コロンバン原宿本店」でも、近くにパワースポットの明治神宮や代々木公園、新宿御苑、青山公園などがあることから、屋上を養蜂場として「原宿はちみつ」をつかった「原宿はちみつプリン」など、限定のスイーツが人気だそうです。華(はな)の都(みやこ)パリ。などといいますが、都市養蜂がさかんになった東京は「花の都」と言えそうです。

そんな東京で、花の都とはいえないような、戦後最大の汚職事件が、昭和51年(1976)にありました。時の総理大臣、田中角栄が逮捕され、有罪になったというものですが、これはアメリカの航空機メーカーのロッキード社が、日本に旅客機を売り込むため、賄賂(わいろ)を渡したというものでした。その決定的な証拠がなく、裁判が行き詰まっていたところを、田中角栄元首相秘書の元夫人が、決定的な証言をしたことで、田中首相は失脚(しっきゃく)することになったわけです。その証言をしたことへの覚悟を記者から聞かれ、「ハチは一度刺(さ)したら命を失うが、人を刺す行為でも失うものが大きい、私もハチと同じ気持ちです」と答え、これをマスコミが「ハチの一刺(ひとさ)し」と伝え、流行語にもなりました。

まだ5月だというのに真夏日があり、私にとって、夏の風物詩になっているかの痛風が、忘れてはいませんよ。と早くも義理がたくやってきました。「他人の不幸は蜜の味」などという言葉がありますが、無数の細かいガラス片で刺されるようなその痛さは、思い当たるふしがないでもなく、天罰(てんばつ)との思いで受け入れていますので、私と痛風は、しばらく蜜月(みつげつ)の日々です。私は刺される方で、刺す方ではありませんから、ミツバチではなくミツバツです。

2019.5.15

みずみずしい緑が萌(も)える、から、燃(も)えるようになり、陽光に映え輝いて、その間を吹きぬけ、緑や花の香りをはこぶ、風薫(かぜかお)るこの5月は、若々しく力強く、成長や生命力を感じるその景色に、学生たちの姿を重ねてしまいます。
青葉若葉の季節を賛美する「新緑の頃」という高村光太郎の詩があります。<植物はもう一度 少年となり少女となり 5月6月の日本列島は隅から隅まで 濡(ぬ)れて出たやうな緑のお祭>。そんなときめくような季節の大型連休明けは、出席率が悪くなるなど要注意のときでもありますが、憂(うれ)いを払い、悩める心を優しく励ますような「5月」と題された室生犀星の詩もあります。<悲しめるもののために みどりかがやく くるしみ生きむとするもののために ああ みどりは輝く>。ときめきと、憂いの薫風(くんぷう)にのって「令和」という時代がはこばれてきました。
天皇陛下が退位され、新天皇陛下が即位された皇室の儀式での装束は、天皇のみが着ることを許される「黄櫨染御袍(こうろぜんのごぼう)」という、いかにも伝統を感じるものでした。黄櫨(こうろ)とは、ハゼの木の古名で、黄櫨染はハゼの樹皮と植物の蘇芳(すおう)から染められ、その色は赤みや黄色みをおびた深みのある褐色(かっしょく)で、同じ色を染めるのはむずかしく、謎の色とも言われる高貴な色で、天皇以外は着れない禁色なのだそうです。
草木染は縄文時代にその形跡(けいせき)があるようですが、大陸から染色技術が伝わった、飛鳥時代から広まったようです。すべての植物は草木染の原料になるそうですが、植物の中を流れる成分は、季節によって変わるようです。みどりは豊かな自然の象徴ですが、新緑のころは細胞を紫外線から守るため、葉緑素が水に溶けにくく、緑の植物を煮ても液が緑色にはならず、黄色になるのが多いようです。明治以降は、科学的な合成染料が使われるようになり、草木染は稀少(きしょう)になってしまいましたが、天然素材であるため、人体にも環境にもやさしい、として見直されてきているようです。
今年の新入生は平成で入学式、令和で卒業式を行うことになり、本人たちはそれほどではないと思いますが、昭和、平成、令和。と、ゆく元号、くる元号を体感した私には感慨深いものがあります。30年前に昭和が幕を下ろし、「平成」の元号を発表したのは時の官房長官、小渕恵三さんでした。「平成おじさん」などと呼ばれ話題になった後に総理大臣になり、お会いしたことがありました。通産大臣であった深谷隆司さんが二科展デザイン部に出品し入選したことから、その作品を見に上野の東京都美術館に来られ、ご案内しました。深谷さんは絵が趣味で、ヨーロッパ風景をスケッチした画文集を出版するほどで、デザイン部には観光ポスターとして出品し、4回ほど入選しています。昨年、日本ジュエリー協会の創立30周年記念祝賀会で、久し振りに深谷さんとお会いし、お互い近況(きんきょう)報告となりました。二科展といえば、上皇となられた陛下が皇太子時代おひとりで二科展鑑賞に来られ、美智子さまとご結婚されてからもご夫妻で二科展にほぼ一年おきに来られ、私がデザイン部代表になってからは都美術館、六本木に移った国立新美術館で絵画部、彫刻部、写真部代表とともにお出迎え、お見送りをさせていただいたことなど、ありがたく思い出します。 平成は必ずしも平静ではありませんでしたが、「令和」は聞きようによっては「平和」とも聞こえ、そのひびきは心地よく、そうありたいとの思いです。

2019.4.26

始まりの季節、春。本校も新入生を迎え、新学期がスタートし、静かだった校内は春の光が満ちあふれ、色とりどりの花が咲き競うかのように、心はずむにぎやかな声が飛び交(か)い、まさに春らんまんです。
そんな新入生が自然とふれあい、クラスメイトや教職員とのコミュニケーションをはかる、恒例(こうれい)の行事であるデーキャンプ「フレッシャーズ・レクリエーション」に、今年も同行しました。4月19日の朝9時、新入生479名、教職員25名が大型バス12台を連ねて原宿を出発し、「相模湖プレジャーフォレスト」に向かいました。晴天に恵まれ、四方を山に囲まれたキャンプ場は、常緑樹の濃い緑と、萌える若葉の新緑の鮮やかなグラデーションの木々の葉色をのせた、清々(すがすが)しい春の風がのどかに吹き、おだやかな日和(ひより)をいう、「春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)」の春景色でした。萌黄色(もえぎいろ)のような若さの学生たちが、ワイワイとビザづくりに興じる姿は、春になっていろんな鳥が野山でさえずり、鳴き交わしていることをいう「百千鳥(ももちどり)」のようで、それに呼応(こおう)するかのように、新緑の木々の間から、ウグイスや野鳥の鳴き声が聞かれ、学生たちの姿と相(あい)まって、ふと希望とか幸せ感のようなものが湧(わ)いてきました。年を重ねても、希望とか幸福感というものは、ちょっとした弾みに湧いてくるようです。
山裾(やますそ)には、ヤマフジ、ヤマブキ、ツツジなどが咲き、キャンプ場ではボタン桜ともいう八重桜が満開で、足もとには黄色いタンポポ、紫色のスミレや名も知れぬ雑草などともいわれる、野草の小さな花が咲き、そうした草は踏(ふ)みつけられながらも、健気(けなげ)に無心に、春を告げてくれているかのようでした。そうした草を「雑草」と、ひとからげにしては申しわけない気がします。
アメリカには「雑草学会」という研究者の集まりがあるそうですが、そこでは雑草のことを次のように定義(ていぎ)しているようです。<人類の活動と幸福・繁栄に対して、逆(さか)らい、妨害する植物>として、幸福論までもちだす敵視ぶりですが、日本では、雑草を、生命力が強い、たくましさ。のたとえで「雑草のような人」などといゝ、日本人は自然への眼差(まなざ)しがやさしいようです。
ピザづくりやフリータイムのプレイランドで、遊び疲れ、帰りのバスでは「春眠(しゅんみん)」状態の学生たちを見ながら、雑草のように強くたくましく生きていって欲しい、と思う一方(いっぽう)、誰でも雑草のように生きられるわけではないので、同じように見える学生もそれぞれ違う色を秘(ひ)めていて、それぞれ違う花を咲かせるべく、その成長を辛抱(しんぼう)強く育(はぐく)まなければ、との思いを強くしました。
教育を意味する「エデュケーション」はラテン語まで遡(さかのぼ)ると「植物の成長」という意味があって、教育のベースには「命を育む」という概念があり、教え育む教育は、鍛(きた)えたり、調教することゝは違うことなどに想いをめぐらせながら、心地よい睡魔(すいま)に襲(おそ)われ、「春眠」がうっかり「永眠」にならないよう、つねったり、ひっかいたりしながら、なんとかがんばって原宿に戻りました。

2019.4.15

寒の戻り、花冷え、などがあり、桜の花も長く咲き、各地の花見風景が報じられる中、4月1日に新元号が「令和」と発表された数日後の4月8日、明治神宮会館で、昨年より多い新入生を迎えて入学式を行いました。期待と不安に満ちた初々(ういうい)しい瞳(ひとみ)が向けられている式辞で、この平成最後の入学式は記憶にのこる入学式になると思います。と話しました。

いま、花見といえば桜ですが、桜の花見は農作業にとりかゝるというこのころに、山の神が降りてくるとされ、桜はその農耕(のうこう)の神が降りてくる代(か)わりであり、その神のもとで飲食を共にするという行事が花見になったのだそうです。そのころの桜といえば主(おも)に山桜を愛(め)でていたようです。この桜の花見は平安時代ごろからで、それ以前は花見といえば梅の花の宴(うたげ)で、万葉集には梅の歌が桜の3倍もあるそうです。

新元号の「令和」は、天皇、皇族、歌人、役人、庶民など幅(はば)広い人たちが詠(よ)んでいる日本最古の歌集「万葉集」の「梅花の宴」の序文「初春の令月にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き」から引用されたのだそうですが、令月は「万事をなすのによい月」で「よい月に天気がよく、風も優しく梅が咲いて」という意味だそうです。梅といえば、私がいま住んでいる、神奈川県足柄下郡湯河原町でも毎年3月、約4000本の紅梅、白梅が山の斜面に咲き誇る、湯河原梅林「梅の宴」が観光名所になっています。

湯河原はかつて土肥(とひ)と呼ばれ、「あしかり(足柄)のとひ(土肥)のかふち(河内)にいづ(出)るゆ(湯)のよ(世)にもたよらにこ(子)ろがい(言)わなくに」万葉集に詠(よ)まれている温泉の歌はこの一首のみで、それが湯河原の由来ともいわれていることから、新元号の「令和」が万葉集からきていることに町は温泉が湧(わ)いている上に万葉という言葉に湧いています。

日本一と言われる足湯がある万葉公園には、万葉集に詠まれている草木が植えられている万葉植物園、万葉広場、万葉の歌碑があり、公園入口には「万葉洞門」があり、その近くには茶室の「万葉亭」があり、その手前の観光会館はかつて「万葉館」、そこに渡る落合橋も「万葉橋」と呼んでいて、町所有の宿泊施設も「万葉荘」で、湯河原の温泉を配湯し、各地に温泉施設を展開する「万葉倶楽部」もあるなど、万葉づくしです。

万葉とは多くの木の葉、あらゆる草木の葉のことですが、湯河原の里山の木々の葉も、草の葉も萌(も)え出る若葉のこの季節ならではの、萌黄色(もえぎいろ)が湧いています。多くの花々も咲きはじめ、春の花ざかりは、すぐそこまできていますが、私はすでに鼻ざかりです。

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