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今村昭秀学校長のコラム

(イラスト:マンガ科 小日向一葉)
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2019.4.15 New!

寒の戻り、花冷え、などがあり、桜の花も長く咲き、各地の花見風景が報じられる中、4月1日に新元号が「令和」と発表された数日後の4月8日、明治神宮会館で、昨年より多い新入生を迎えて入学式を行いました。期待と不安に満ちた初々(ういうい)しい瞳(ひとみ)が向けられている式辞で、この平成最後の入学式は記憶にのこる入学式になると思います。と話しました。

いま、花見といえば桜ですが、桜の花見は農作業にとりかゝるというこのころに、山の神が降りてくるとされ、桜はその農耕(のうこう)の神が降りてくる代(か)わりであり、その神のもとで飲食を共にするという行事が花見になったのだそうです。そのころの桜といえば主(おも)に山桜を愛(め)でていたようです。この桜の花見は平安時代ごろからで、それ以前は花見といえば梅の花の宴(うたげ)で、万葉集には梅の歌が桜の3倍もあるそうです。

新元号の「令和」は、天皇、皇族、歌人、役人、庶民など幅(はば)広い人たちが詠(よ)んでいる日本最古の歌集「万葉集」の「梅花の宴」の序文「初春の令月にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き」から引用されたのだそうですが、令月は「万事をなすのによい月」で「よい月に天気がよく、風も優しく梅が咲いて」という意味だそうです。梅といえば、私がいま住んでいる、神奈川県足柄下郡湯河原町でも毎年3月、約4000本の紅梅、白梅が山の斜面に咲き誇る、湯河原梅林「梅の宴」が観光名所になっています。

湯河原はかつて土肥(とひ)と呼ばれ、「あしかり(足柄)のとひ(土肥)のかふち(河内)にいづ(出)るゆ(湯)のよ(世)にもたよらにこ(子)ろがい(言)わなくに」万葉集に詠(よ)まれている温泉の歌はこの一首のみで、それが湯河原の由来ともいわれていることから、新元号の「令和」が万葉集からきていることに町は温泉が湧(わ)いている上に万葉という言葉に湧いています。

日本一と言われる足湯がある万葉公園には、万葉集に詠まれている草木が植えられている万葉植物園、万葉広場、万葉の歌碑があり、公園入口には「万葉洞門」があり、その近くには茶室の「万葉亭」があり、その手前の観光会館はかつて「万葉館」、そこに渡る落合橋も「万葉橋」と呼んでいて、町所有の宿泊施設も「万葉荘」で、湯河原の温泉を配湯し、各地に温泉施設を展開する「万葉倶楽部」もあるなど、万葉づくしです。

万葉とは多くの木の葉、あらゆる草木の葉のことですが、湯河原の里山の木々の葉も、草の葉も萌(も)え出る若葉のこの季節ならではの、萌黄色(もえぎいろ)が湧いています。多くの花々も咲きはじめ、春の花ざかりは、すぐそこまできていますが、私はすでに鼻ざかりです。

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