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今村昭秀学校長のコラム

(イラスト:マンガ科 小日向一葉)
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2020.11.30 New!

寒い日が続いて、晩秋というより初冬の趣、などと前回書いたのですが、その後、急に暖かくなり、小春日和(こはるびより)どころか夏日があるなど、戸惑(とまど)っていると、また寒くなり新型コロンウイルスの感染者が過去最多などと連日報じられ、3期より通常授業に戻す予定の本校としてはおだやかではありません。
寒暖差が激しいことが幸いしたのか、湯河原の里山も木々が深紅色、赤色、橙色、黄色などの彩りが燃ゆるようにあざやかに映え、そのコントラストは錦(にしき)の織物のような、錦秋(きんしゅう)の風景です。
このパッチワークのような色とりどりの山肌を見ていると、花や植物など自然をモチーフにカラフルで鮮やかな色づかいで、パリ発の「KENZO」ブランドで世界を舞台に活躍し、新型コロナウイルスに感染して、先月パリ郊外の病院で亡くなられたファッションデザイナーの高田賢三さんが思い浮かびます。カルダン、シャネル、ディオール、サンローランなどが、上流階級のためのオートクチュール(高級注文服)で活躍していた1960年代にパリに渡り、プレタポルテ(既製服)のデザイナーとして1970年にパリでデビューして以来、パリコレで圧倒的な存在感を放ち、その名は世界に知れわたり日本の誇りでした。
気分が沈み、ゆううつなこのコロナ禍では、色どり豊かな「KENZO」ブランドのファッションが、気分を高揚させてくれるだろうとの思いがある一方(いっぽう)、その対極にあるかの、失われたありふれた日常の普通であることが、どれほど貴(とおと)いものであったかが思われ、ごく「普通」が見直されているようです。普通といえば、米アップル社の創業者のひとりで、アイホーン(iPhone)やアイパッド(iPad)などを世に送り出し、成功に導いたスティーブ・ジョブスが浮かんできます。聞き手の心を動かし、聴衆を魅了するプレゼンテーションは、黒のハイネックセーター、ジーンズ、グレーのスニーカーという普段着のようなごく普通のファッションで知られていました。最先端の商品をアピールするのには人目をひく最先端のファッションではなく、ごく普通のファッションの方が説得力がありそうです。ジョブスはプレゼンで商品そのものをアピールするのではなく、その商品を手に入れた人が今までとは違う日常の物語が広がっていくことをアピールするのだ、と言っています。
普通の人が普通のファッションをするのは、ただ単に普通であるだけですが、普通とはほど遠い天才ともいえる普通ではないジョブスが普通のファッションであることがカッコいいのでしょう。ジョブスは、デジタルの世界で有名になったのですが、プレゼンのストーリーを組立てるときは、紙と鉛筆をつかってアナログで構想をまとめていたそうです。禅や瞑想(めいそう)など東洋思想に傾倒(けいとう)していたそうですから「筋金入りの普通」を演じていたのかも知れません。
普通とは一体なんなのか、普通に考えてもわかりません。自分は普通です。と言ったり、普通とは何か、と考えること自体が普通ではありませんが、私は普通です。
 

2020.11.13 New!

都内のイチョウが黄色く染まり、秋が深まってきたと思っていたら、急に朝晩が冷えこみ、初雪の便りがあるなど、湯河原の里山もほのかに色づいてきましたが、晩秋というより初冬の趣(おもむき)です。
冬の訪れを告げる風である木枯し1号が3年ぶりに4日、東京に吹いたとの報がありました。この木枯し1号は、10月半ばから11月末までの間に気圧配置が冬型になって、季節風が吹くことをいうそうですが、関東地方(東京)と近畿地方(大阪)にしか発表されないそうです。期間を限っているため、その条件を満たさず発表されない年もあり、そのため3年ぶりの発表になったのだそうです。気候変動のなか、3年ぶりに木枯し1号が吹いたことは、良いことでは、との思いもあります。風といえば、松尾芭蕉の有名な句に「物いえば唇(くちびる)寒(さむ)し秋の風」があります。自分のことを自慢したり、他人の短所や悪口を言ったあとは後味(あとあじ)が悪い、何事につけても余計なことを言うと思いがけない災いを招き、唇が秋の風にあたって寒々しい、なるべく口を慎(つつし)むよう。とこの句に由来するこれらのことが、米大統領選で思いおこされました。
コロナ対策より経済優先政策をうたっていたトランプ大統領、コロナと共生、共存することで経済再生を目指している日本ですが、経済は英語でeconomy(エコノミー)、このエコは生態系のecosystem(エコシステム)、自然保全、環境保護などでつかわれる、生態学のecology(エコロジー)のエコと同じで、生活する場所が「ノミー」で、ギリシャ語のノモスからきている法を意味する言葉です。どんな生活圏でも資源は限られていて、これをどのように分ちあえば共同体がより安全で快適になるか、そのルールがエコノミーですが、日本語の「経済」は、中国の経世と済民という言葉からきているといわれます。済民は貧困の中にいる民を救うことで、経世は世の中を整える、ということですが、現代では経済成長とか、経済効率など物質的な豊かさを増すことのように受けとられ、そうした富の獲得を目指す欲望が、結果として地球環境を破壊し、社会の秩序を乱しているのではないでしょうか。
新型コロナウィルスも突然発生した部外者ではなく、地球で生きる人間と同じ生態系の一員で、不遜(ふそん)で傲慢(ごうまん)な人間がその生態系を壊したことへの逆襲では、とも思えます。自然保全や地球環境に負荷(ふか)をかけないエコロジーとエコノミーの原点に立ちかえり、分かちあいの精神でありたいものです。
毎年11月に東京ビッグサイトで開催される、日本最大級の環境展「エコプロ2020」がコロナ禍で中止となってしまいました。本校も各科がエコカリキュラムで制作した地球環境との調和、共存、共生を提案する作品を発表する場であったので残念ですが、今こそ必要なイベントとの思いです。
不安と緊張が続きゴールが見えない日々ですが、ここぞとばかり行き過ぎた効率化を求めると、うまくいかなかったときはショックにもろくなりそうです。こんなときだからこそ、心の遊び、気持にゆとりがほしいものです。「遊び」といえばカードのトランプがあります。トランプの絵柄は剣や貨幣(かへい)や棍棒(こんぼう)などで、王侯、商人、農民などを象徴していますが、日本の花札は、「花かるた」とも呼ばれ1年を12ヶ月に分けて、各月ごとに花鳥風月をとり入れていますから地球環境、自然に対する畏敬(いけい)の念があります。
「便利と快適」から「美と多様性」へ。「トランプ」から「花札」へ。ではないでしょうか。
 

2020.10.29

あちこちから、色づきはじめた紅葉の風景が報じられるなど、行楽の秋。でもありますが、コロナ禍のこの秋は、気分的に出かけることがためらわれ、どこにも行かず行けず、と過ぎし日々、出かけたところに思いをはせる「心の旅」の秋。になっています。
そんな旅のひとつに、BSで放送された「フランス人がときめいた日本の美術館」という番組で紹介されていた、静岡県三島市にある「クレマチスの丘」の魅力がよみがえってきました。日本には世界的価値がある美術館が多いのに、そのことに気づいていない日本人があまりにも多くてもったいない。と美術史家であるフランス人が10年かけて全国を回り、地方の小さな美術館にも足をはこび、独自の視点で選んだ、英語圏で出版された「日本の美術館ガイド」をもとに制作されたもので、この著者の目になったかのように、女優やモデルらが「旅人」となって紹介する旅気分番組でした。
数年前、この「クレマチスの丘」に私の好きなベルナール・ビュッフェ美術館があることを知り出かけたのですが、広大な敷地にクレマチスガーデン、ヴァンジ彫刻庭園美術館、井上靖文学館、などが点在していて、心身共に解放されたなんともぜいたくなところでした。
ベルナール・ビュッフェも出品していた、毎年秋にパリで開催されるサロン・ドートンヌ展が終って2週間ほどの丁度いまごろでした。1980年代後半から1990年前半はバブル期で、アートブームでもあり、フランスの画商が押しかけてきた数日後、アメリカの画商からTELがあり、サロンドートンヌ展で私の作品を見て、他の作品も見たいのでアトリエを訪問したいとのこと、アトリエなどはなく、ささやかな生活空間で細々と絵を描いていて、とても画家などとはいえないところに来られても、との思いで、とっさに嘘(うそ)をついてしまいました。いまアトリエを引越すための準備をしており、来てもらえる状態ではない、と伝えると、それでは〇日〇時に帝国ホテルの〇〇室へ作品を数点もってきて欲しい、といわれ、断わりきれず友人に手伝ってもらい指定された日時に帝国ホテルにでかけました。このやりとりは日本航空の職員と名乗る女性が通訳をしてくれ、不思議でしたが、通されたそこは、JALのVIPルームで、数人の女性スタッフが通訳をしてくれたり、作品を見せるのを手伝ってくれたり、飲物のサービスをしてくれたり、こんな世界があるんだ、とおどろいて、気の弱い私は萎縮(いしゅく)してしまいました。
アメリカの画商の依頼はできるだけ大きな作品を描いて欲しい、小さくても50号、100号から150号、大きいほど良いといわれ、アトリエもなく、狭いところでいじけて生きていて、大きな作品を描く物理的スペースもないので断ってしまいたかったのですが、さすがにその場では断われず、アメリカのアート界の話を聞かされ前向きに考えるなどと言わざるをえませんでした。その画商が当時日本でも人気があり、ブームにもなった、ヒロヤマガタのシルクスクリーン版画と原画を扱っていることに興味をもちました。本名は山形博導で、フランスにいた1976年~78年サロン・ドートンヌ展に出品していて、記念図録には、YAMAGATA Hiromichiとあり、その後アメリカに渡り、その底ぬけに明るいファンタジックな表現はアメリカ人好みで、ディズニーとコラボしたり、国家的イベントのポスターを手がけたりしました。私はそんな意欲も情熱もなく、画家などとはとてもいえないのですが、便宜上(べんぎじょう)肩書きに画家と書いたり、書かれたりしますが、グラフィックデザイナー、アートディレクターであり、そのどちらでもあり、どちらでもないとも言え、だからこそ続けてこれたのかも知れません。そんな中途半端で優柔不断(ゆうじゅうふだん)な人間はアメリカ社会には向きません。数日後、アメリカの画商には丁重(ていちょう)にお断りしました。
もしあのとき、思いきって大作を手がける決心をしていたら、アキイマムラとなっていたかもなどと、物思う秋。です。
 

2020.10.15

いよいよというか、やっと秋めいてきて、芸術の秋、スポーツの秋、実りの秋、食欲の秋、読書の秋。とかいわれる豊かな季節のはずですが、コロナ禍の今年は「物思う秋」になりそうです。
そんな中、通勤の折、車窓から見える青々としていた水田が黄金色(こがねいろ)になり、日に日に刈り取られる稲田が増え、日本の秋の原風景を垣間(かいま)みるかのようです。
稲穂が実るころの秋の季語に「稲妻(いなづま)」がありますが、稲の妻とは?です。稲はわかりますが、「妻」が気になります。「稲妻」が稲を実らせる、稲を守ると信じられていて、稲の夫と思われていたことから「稲夫(いなづま)」が語源で、「夫」は古語で「つま」と呼び、のちに読み方だけが残り「稲妻」になったのだそうです。そういわれても?です。稲が実るころに稲妻が多いと豊作になるといわれ、日本有数の米どころの新潟県は、「稲妻」が多い地域なのだそうです。
それはそれとして、「雷(かみなり)」と「稲妻」の違いですが、雷は雷鳴(らいめい)を伴う光と音を発生する放電現象で、稲妻は雲の内部で起こる火花の放電で、雷鳴は聞こえず、走るような光だけが見えるのだそうです。雷が鳴らなくなるころの9月は「雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ」というそうです。
この10月は、芸術の秋、であり例年であれば本校で「原宿祭」が行われるのですが、中止せざるをえなく、学生が可哀想でなりません。芸術の秋、の皮切りに始まる二科展も中止になり、私は退会しているとはいえ、長い間、関わってきたことから、このころになるとなんとはなく心身が疼(うず)きます。芸術の都パリで毎年10月に開催される、秋の展覧会サロン・ドートンヌ展も、コロナの感染拡大により開催直前に中止になってしまいました。そのサロン・ドートンヌ協会から「サロン・ドートンヌ記念図録」なるものが送られてきました。この図録には、1903年の創立からの展覧会ポスター、歴史、背景、全出品作家名、出品歴などが収録されていて、A4変形サイズの厚さが4.5センチもあり、そこに100年以上の歩みをもつサロン・ドートンヌ展が凝縮されています。出品作家名には、シャガール、セザンヌ、ルノワール、マチス、ルオー、ボナール、ルドン、ドラン、ブラマンク、ブラック、ピカソなど錚々(そうそう)たるメンバーがいて、藤田嗣治(レオナルドフジタ)など日本人も多く出品しています。私は1980年ごろより出品するようになり、1985年に会員推挙され、現在に至っています。
前回触れたフランスの画商(版元)もサロン・ドートンヌ展で私の作品を見て、社長自(みず)から来日し、当時住んでいた文京区の自宅マンションにTELがあり、今からそちらに向かいたい、とあまりにも急で対応する準備もなく、断わろうとすると、最寄り駅の茗荷谷に来ていると有無を言わさない強引さに受け入れざるをえませんでした。私の作品をリトグラフ、エッチング作品として国際出版をしたいので、契約をするよう迫(せま)られ、契約をしたのですが、その版元が私の好きな、デュフィ、ギアマン、カトラン、ビュッフェなどを扱っていたことからと、奥さんが日本人というフランス人の通訳が誠実な人柄で信用できたからでした。そのときの通訳がその後、私のマネージャー的な役割をしてくれました。その数日後、アメリカの画商から突然TELがあり、サロン・ドートンヌ展で私の作品を見て、他の作品を見たいので、アトリエを訪問したいとのこと、これにはあわてました。アトリエなんぞないわけですから......。また長くなりそうです、このエピソードは次回にさせていただきます。

2020.9.30

9月に入っても夏日が続き、いつになったら秋になるのだろう、と思っていたら、急に涼しくなるなど、このところの気候変動で、おだやかに季節が移りゆくことなく、極端に変化するのは、気候までデジタル化しているかのようです。
コロナ禍のなか、学生募集のイベントもオンライン化して対応していますが、4連休の最終日、コロナ対策をした上での体験入学があり、出校しました。5月のゴールデンウイークのときは、閑散(かんさん)としていた竹下通りも人で埋まっていて、かつてのにぎわいが戻っていましたが、コロナは大丈夫なのだろうか、という思いが頭をよぎりました。
コロナ対策により、リモートワークが増え、話題になったのは、在宅勤務中に書類にハンコを押すだけのために出社するというハンコの存在でした。ペーパーレス、デジタル化への推進により、官庁や企業の脱ハンコが加速されそうです。私も立場上毎日ハンコを押すことが多いのですが、その書類を確認することで、全体像が俯瞰(ふかん)して見えてくることから、押印(おういん)は嫌いではありません。
欧米はサイン(署名)の文化ですが、これだけ生活にハンコが根づいているのは日本だけのようです。庶民にもハンコを使うことが広がったのは、江戸時代のようですが、当時は字を書けない国民が多かったことから、明治政府が江戸期のハンコの慣例を法令に規定し、印鑑登録制度ができたからだそうです。非効率なことでも人手でやり続けることを良しとする日本的な価値観ですが、複製可能なハンコよりサインの方が効率的で安全ですから、脱ハンコは進むと思いますが、長い間培われてきたハンコの文化的価値はどこかに残したいものです。
サインといえば私も、リトグラフ、エッチングなどの版画作品に1枚1枚、手書きで通し番号とサインをしています。この版画作品は、フランスの画商(版元)と契約して、パリの工房で刷ったものにサインをして、パリ発のアートとして国際頒布しているものですが、思えば1980年代のバブル期の後半、刷り上った作品に初めてサインをするべくパリに行ったとき、版元からできれば日本人とか、アジア系とかわからないサインをして欲しいといわれ、その人種差別的な発言におどろきました。私はその前からサロン・ドートンヌ、ル・サロンなど人種のるつぼのようなパリ画壇に関わっていて、そうしたところや、画商や工房の人たちからも人種差別的な言動をうけたことがなく不思議でしたが、どうやらコレクターにそうした人たちが潜在しているからのようでした。
サインは芸名のようなものだからと割りきっていくつかのサインを提案して書いたのですが、馴れないサインを作品によって120枚~200枚同じサインをするのはむずかしく、結局は日本で作品にしているサインになりました。最初のころは作品が3点から5点ぐらい刷り上がると、サインをするためだけにパリに行っていたのですが、経費がかさみ、さすがに版元も困まり、パリに移住しないかなどといわれ、迷ったのですが決心がつかず、その後は刷り上った作品を日本に送ってきて、サインをしてパリに送り返すことになりました。
このサインは日本語では署名ですが、記名というのもあり、ハンコにも押印(おういん)、捺印(なついん)、押捺(おうなつ)、印鑑とハンコの違いなど日本語は豊かで美しいのですが、反面、ややこしくて、わかりにくく複雑です。これはお役所仕事といわれる「複雑な仕組み」「複雑な手続き」に通じます。複雑の反対は単純ですが、複雑が「アナログ」としたら単純は「デジタル」でしょうか。私はなんとも「複雑」な心境です。
 

2020.9.15

冬の季語であるマスクを夏でもしている風景がふつうになってしまいましたが、風邪をひきやすい冬だからこそ違和感がなく、当り前と思っていたマスクが、夏マスクという夏の季語になるかも知れません。
この夏は、夏の終わりが実感できない特別な夏でした。私は毎年、夏の終わりの一大イベント、スーパーよさこい、「原宿表参道元気祭」に審査員として参加していたのですが、コロナ禍により中止になってしまい、暑い中大変でしたが、楽しみでもあったので一抹の淋しさがあります。本場高知の「よさこい祭り」も中止だそうです。
まさに夏の終わりの8月31日(月)、地元の「千駄谷小学校デザインフェンス」完成記念披露式典に出席しました。これは明治通りとオリンピック通りの交差点にある千駄谷小学校の外側フェンスに千駄谷小学校の児童と本校の学生が合作したポスター的表現のイラストレーションを、1m×1mの正方形を1枚として、22枚を展示したお披露目でした。ねらいは、今年開催される予定であった、2020東京オリンピック・パラリンピックのレガシーをつくる。フェンスに彩りをあたえ、街を華やかにする。ということでした。
千駄谷小学校の児童が、運動をするキャラクター、応援するキャラクター、おもてなしをするキャラクターを描き、本校の学生がそのキャラクターを生かして、背景を描いて一枚の絵として完成させました。その作品を小学校でプレゼンして児童が投票して選ばれたのが22点です。このプロゼェクトに参加したのは、千駄谷小学校、幼稚園、PTA、渋谷区役所、渋谷区教育委員会、東京デザイン専門学校。で式典はコロナと暑さのため、オンラインで行われ、最初に千駄谷小学校の校長のお話があり、渋谷区長と教育長は区役所からアイサツ、私は小学校の校長室に出向いて、校長室から動画配信でのお祝いのアイサツでした。キャラクターを選ばれた児童へのインタビューがあり、外からデザインフェンスの風景を中継し、PTA会長が作品を紹介しながら、感想やお祝いのアイサツがあるなど、児童はそれらを教室で電子黒板で見るかたちでした。
そうした教室での児童の様子を校長と一緒に見学させてもらいました。みんな興味をもって静かに画面を見ている姿はカワイく、ほほえましく、立ったり、騒いだり、動き回ったりする児童はいなく、ふと「わんぱく小僧」という言葉が浮かびました。もうこれは死語でしょうか。と思いつつほのぼのとした気持ちで小学校を後にしました。
わんぱく小僧を漢字で書くと「腕白小僧」ですが、腕が白いとは?です。これは当て字のようです。語源は諸説あるようですが、その一つが平安時代「天下のすべてをあずかり(関)もうす(白)、意見をいうの意味がくわんぱく」になり、わんぱくに変化したと言われ、家庭で威張(いば)っている夫を「亭主関白」と言うのもそこからきているようです。私も「わんぱくジィジィ」でありたいのですが、身も心も「淡白」になってしまい、どう頑張っても「たんぱくジィジィ」です。

2020.8.28

暦の上では「立秋」を過ぎ、どこに「秋」が、という暑い日が続いていましたが、このところセミの鳴き声に変って虫の音が聞かれるようになりました。
季節の変り目の空を「行き合いの空」というそうですが、夏の入道雲や綿雲と同じ空に、鱗雲(うろこぐも)、筋雲(すじぐも)など秋の雲が浮かんでいる、夏と秋のふたつの季節が隣り合う、行き交う、それらしき空が見られるようになり、秋の気配を感じます。
そんな空のもと、ここ原宿ではJR原宿駅のガラス張りの新駅舎が3月21日に開業し、隣にある旧駅舎が8月24日に解体されるまで、新旧の駅舎が隣り合う、行き交う風景が見られました。原宿のシンボルでもあった旧駅舎は都内で現存する木造駅舎としては最も古く、大正時代に造られ、白壁に木骨をむき出しにし、その屋根の上にとがった塔がのるデザインは、独特な風合を醸し出していて、変わりゆく原宿の街並みの中で、ほっとする景色でした。
原宿駅は今年開催される予定であった、オリンピック・パラリンピック会場である国立代々木競技場への最寄り駅で、多くの乗降客で混雑することから、新駅舎を新設してオリ・パラ終了後、旧駅舎を解体することになっていました。解体した旧駅舎は、耐火性を施して外観を再現し、同じ場所にできる商業施設に建て替えられることになっているそうです。本校の学生の多くは竹下通りが目の前の原宿駅の竹下口を利用しているのですが、この改札は狭く、平日でも人出が多く、オープンキャンパスで出校する土、日や祝日などは、竹下口から車道まで人があふれ、いづれ事故につながるのでは、と心配していることから、新駅舎の工事と同時に竹下口も拡張されるものと思っていたところ、昨年末、原宿駅の駅長・助役さんが年末のアイサツに来校された折、竹下口の工事はいつ始まるのか伺(うかが)ったところ、まったくその予定はない。とあまりにも明快な返答にがっかりしました。新駅舎と本校で何かコラボをやりましょう。と話していたのですが、コロナ禍のなか、延期になってしまいました。
1980年代のアイドル小泉今日子さんが年を重ね、54才にして8年ぶりのライブを無観客でした映像がテレビで流れ、2010年に発売された小泉今日子「原宿百景」という写真集を久しぶりに開いてみました。オビには、「街も私も生きているのだ!」「変っていく私と、変らない私。原宿はいつも見ていてくれる。」とあり、ここには小泉今日子が10代のころから訪れていた原宿の街で出会った場所や人との触れ合いのエピソードを、記憶の中をたどり、歩きながら写真とエッセイ、対談にまとめたもので、その一景がラフォーレ原宿で、二景は今はない歩道橋の上から小泉今日子の顔ごしの遠景に写っている木造の旧原宿駅舎です。
私の「原宿百景」の一景は当然本校で、二景が竹下口でしょうか。原宿にはおよそ似合わない私が、いまだに原宿に通っていることこそ、「原宿百怪」に載るだろう、夏の怪談といわれそうです。
 

2020.8.14

8月に入って、やっと梅雨が明け、蝉時雨(せみしぐれ)がより激しくなり、夏の青空が広がるなど夏本番になりました。
梅雨明けが8月になったのは、13年ぶりだそうですが、明けたとたんに真夏日、猛暑日、酷暑日があるなどの炎天が続き、「熱中症警戒アラート」が発令され、コロナウイルス感染拡大に歯止めがかからない中、コロナと熱中症のW危機ともいえる特別な夏になってしまいました。ちなみに「アラート」は「見張る」という意味のイタリア語が語源だそうです。
例年であれば夏休みに入っているころですが、コロナ対応の休校期間や、時短の授業などの時間数を調整するため、まだ授業をやっています。夏休みは9月に入ってからのわずかな日数であり、学生にとってはコロナ受難ともいうべき年になり、「幻の春」を過した上に、青春を謳歌(おうか)すべきこの夏は、「時短の夏」になってしまい、巡りあわせとはいえ、なんとも可哀想でなりません。
私も毎年出席している学外の各種会合、親睦会、総会などがことごとく中止になってしまい、出かけるべきそれらの時間がなくなり、時間の余裕、余暇ができ、その分、気持のゆとりもでき、新たなアイデアが醸成されることになるべきところですが、なかなかそうはなりません。そういえば学者(scholar)や学校(school)という言葉の語源はギリシャ語の余暇、ヒマという「skhole」からだそうですから、ヒマであることが大事であることが語源から伝ってきます。
コロナ禍のなか、不要不急の外出を避けてください。という行動の自粛要請がたびたび出されますが、この「不要不急」はどうしても必要というわけではなく、急いでする必要がないこと、無用であることを表わしているのですが、反対語は「必要至急」でしょうか。とすれば私自身が「不要不急」の存在なのでは、との思いが頭をかすめます。
人間の叡智(えいち)を超えるウイルスに翻弄(ほんろう)される生活は、いままでの非日常が日常になり、日常が非日常であるかの新らしい日常が生まれているようです。本校でも学生、教職員がオンライン、リモートワーク、テレワークなどが日常化しています。ソーシャルディスタンスという社会的距離をとるという縛(しば)りが続くのはつらいのですが、オンラインでは、学生との物理的距離は遠いのに、対面授業ではほとんど質問をしない学生がオンラインでは積極的に質問をするなど距離感がむしろ近づくことがあるようです。
そんな日常になっているのに、私は超アナログ人間ですから、「テレワーク」は「照れワーク」です。
 

2020.7.30

関東は、梅雨明けの報がまだですが、梅雨が明けたかのようにセミが一斉に鳴き始め、この声を時雨(しぐれ)が降る音に見立てて、蝉時雨(せみしぐれ)と呼び、この雨はどんなに騒々しくても、遥(はるか)な夏の記憶を呼び覚ましてくれるかのようで、心地よく響きます。
梅雨はそろそろ明けそうですが、コロナの方は一向に明るくなるような兆(きざ)しがありません。そんな中、先日、原宿警察署の署長さんがわざわざ来校され、春の交通安全運動に本校が功労があったとして感謝状の授与をしてくださいました。これは、原宿警察署の依頼をうけ、交通事故防止の立て看板などを、本校の学生がデザイン協力をしたことからですが、本来であれば、「春の交通功労者表彰式」の式典の場でいただくものですが、新型コロナウィルスのため見合せることになったからでした。コロナによるどんよりとした空気をはねのけるかの、さわやかな風を運んでくれました。
コロナによる休校期間が長く、やっと再開できたとはいえ、前例のない午前、午後クラスに別れ、遅く始まって、早く終るなど時短の分散登校、分散授業により、学生たちの体内時計も乱れているのでは、と心配しています。私も在宅が長かったことから微妙に体内時計が乱れているかに感じます。生き物には一日と同じほぼ24時間のリズムを刻む時計のような仕組みがあり、夜になると眠くなり、朝になると目覚めるのもこの仕組みが働いているからで、これを体内時計というそうですが、植物は体内時計のほかに光を感じる特殊なたんぱく質をもっていて、朝に咲く朝顔は日が沈んでから時間を計り、約10時間後に花を咲かせるのだそうです。昼顔、夕顔もほぼ同じ仕組みの体内時計で、咲く時間が異なっているのだそうです。
原宿駅から本校への道沿いや空地の雑草の草むらに、アサガオに似た小さな淡いピンクの可憐(かれん)なヒルガオが咲いているのを目にします。梅雨どきに咲くことから「雨ふり花」という別名があるそうです。このヒルガオは日本に古くから自生していて、万葉集にも美しいという意味を表わす「容」という語を当てた、「容花(かおばな)」として詠(よ)まれているようです。万葉集に詠まれている朝顔は桔梗(ききょう)のことだそうです。奈良時代に中国から伝ったアサガオは、薬草として栽培されていたのが、その美しい花にひかれ、江戸時代に花を見て楽しむ園芸ブームが起き、花の色や形が変化に富む多くの品種が生まれ、今に至るまで愛されているのだそうです。ヒルガオはこのアサガオに対する呼び名としてヒルガオになったようです。
夕方からアサガオに似た花が咲きはじめ、朝しぼんでしまうユウガオはウリ科の野菜でもあり、カンピョウになる実をつけ、平安時代には栽培されていて、枕草子や源氏物語にも書かれています。
アサガオは遺伝子研究などに使う「モデル植物」として、国の研究機関などが品種を保存しているのだそうです。体内時計の乱れで、昼夜逆転やヒルガオ型、ユウガオ型の学生などさまざまとは思いますが、この夏、アサガオ型に戻したい戻して欲しい、との思いです。
 

2020.7.15

梅が実るころ降る長雨を、季節の雨として美しいひびきの梅雨と呼び、慈雨(じう)とも恵みの雨とも言われていたのが、温暖化など地球の気候変動によるのか、かつての梅雨とはかけはなれた激変ともいえる大雨、豪雨をもたらすようになってしまいました。梅雨前線が停滞した影響などから積乱雲が発生し、帯状に連なる「線状降水帯」なるものが記録的な大量の雨を降らせた、ということですが、九州や各地での大変な被害が報じられ、心が痛むばかりです。
コロナ対策のため、やむをえずこの梅雨どきの気候のような変則的な授業になっていますが、学生もそれになれ、それなりに授業が進行してはいるものの、学生の充足感、満足感が得られているかどうかが気になるところです。できるだけ早く通常授業に戻したいのですが、いまだに先の見えない揺らぐ日常、破られる平穏など、不安に覆(おお)われている現状では、それもほど遠い感があります。
新型コロナウィルスの感染拡大は、オフピーク、パンデミック、クラスター、アラート、ステイホーム、ソーシャルディスタンス、テレワーク、オンライン、リモートワーク、アフターコロナ、などなど多くのカタカナ用語が飛び交い、人と人との距離や社会の在り方が問い直されるなど、ライフスタイルの変化がありました。そんな中、リモートワークなど在宅勤務というスタイルが進んだのですが、フリーランスで仕事をしているデザイナー、イラストレーター、アニメーター、アーティストなどはもともと「リモート制作」しているようなものですから、時代がクリエイターに近づいてきた、ともいえそうです。
あらゆる分野でデジタル化が加速され、オンライン化やロボット化、人工知能(AI)の導入が進み、専門知識と論理思考がメインの仕事はAIができるようになり、AIでは替われないであろう人間力や直感力が求められ、ポストコロナ社会はますますデザイン思考、アート思考が必要とされると思いますが、「論理に偏(かたよ)らず、感性に逃げず」でしょうか。
コロナ禍(か)のなか、私にとって良かったことがありました。それは長くて不評のこのコラムを、在宅勤務が増えた卒業生から、ゆっくり、じっくり読むことができた、との報告、感想があったことでした。「学校長コラム」が「学校長コロナ」にならないよう、気をつけたいと思います。

2020.6.29

梅雨入りする前や、このところの梅雨の晴れ間の早朝、湯河原駅ホームのベンチで電車を待つ間、青葉の木々の中から静けさを破る野鳥の鳴き声が聞こえ、そんな鳥たちのさえずりから、ひときわはっきり聞こえるのは、軽(かろ)やかでおっとりとしたウグイスと、リズミカルで甲高(かんだか)い鳴き声のホトトギスのデュエットです。こうした鳥たちのにぎやかな鳴き声に、授業を再開した校舎に集う学生たちが、会話自粛のなか、おさえきれないオシャベリを交わしている姿が思い浮かび、そんな学生たちに想いをはせながら過すのは、えもいえぬ心豊かで至福(しふく)のひとときです。
ホトトギスはウグイスなど他の鳥の巣に卵を産み育てさせる、托卵(たくらん)という習性があり、ちゃっかりしているのか、図々しいのか、まさに育児放棄(いくじほうき)です。そんなホトトギスと知ってか知らずか、一緒に鳴いているお人好(おひとよ)しの、ではなく、お鳥好(おとりよ)し?のウグイスが愛(いと)おしくなります。
この梅雨どきは、じめじめした湿気の多い気候ですが、「日本文化というのは、つまるところ梅雨の文化だと思う」と、詩人の長田弘さんが「歳時記考」で、「1年ほど欧米に滞在して6月に帰国したとき、空港でまず感じたのは掌(てのひら)が湿ることだった、握手するのも肩を抱くのも乾燥した国のあいさつの形式であり、梅雨の文化は離れてお辞儀する流儀を生んだ」。と記(しる)しています。日本がヨーロッパやアメリカなどに比べて新型コロナウィルスの感染者、死亡者が少ないのは、ハグをしない、握手をしないなど体をあまり接触しない習慣や、マスクをする、手を洗う、靴をぬぐ、などの衛生意識が高いことも一因(いちいん)ではないか、などとも言われています。
梅雨と湿気で思い出すのは、かなり前になりますが、梅雨どきの6月、打合せのため来日したフランスのアートディーラーと、東京の街を歩いていたとき、あれはなんだ、と興味を示したのは腐食(ふしょく)した鉄の錆(さび)でした。美しい!!と興奮して写真を撮りまくっていました。乾燥しているフランスではこんなに錆びることはなく、新鮮だったようです。言われてみれば、あたり前に見ていた錆もそれぞれ美しく、湿気が生んだアート作品ともいえ、錆を見るとつい引き寄せられてしまいます。
さびといえば、日本特有の美意識に「侘(わ)び」「寂(さ)び」があります。人の世の儚(はかな)さや無常(むじょう)であることを美しいと感じる美意識ですが、もともとは「思うことがかなわず悲しみ、思いわずらうこと」という意味が、室町時代ごろから、金銭や物品が著(いち)じるしく不足して苦しくなるなどの失意や窮乏(きゅうぼう)など、自分の思い通りにならない状態を受け入れ、置かれている状況を悲観することなく、むしろそれを楽しもうとする肯定的な意味をもつようになったのだそうです。
侘び寂びの精神性が目に見える形になっているものに、茶の湯での小さな茶室や禅寺の枯山水の庭などがあります。新型コロナが心まで感染しているかの、現在の社会環境ですが、こんなときこそ侘び寂びの精神性に目を向けるのも、ありではないでしょうか。
私は頭が「わび」しく「さび」ついていますから、身をもって日本の美意識を体現しています。
 

2020.6.12

丸々と青く実った梅の実が、収穫期を迎え、梅雨の季節でもある6月に入った1日、やっと二転三転した再開をすることができました。初日は学担によるガイダンスでしたが、始まる前の打合せで、長い休校により、心身共に疲弊(ひへい)しているであろう、学生への対応についてお願いをしました。
<長い休校明けの、今までとは異なる分散登校、分散授業になるわけですから、とくに新入生は初登校、慣らし登校であり、助走期間です。すでに電話での聞きとりによって学生の現状、健康状態、環境などを把握していることと思いますが、直接面談によってそれらをより詳しく知り、悩みなども受けとめてあげ、受容し理解し共有してあげることで、学校が安心できる場所であることが伝わるよう、寛容さをもって接してください。ネガティブな空気が漂っているなかですが、先行き期待や希望につながるような言動も心がけてください>。というようなことでした。
その初日の朝と午後「入学・進級おめでとう」と掲(かか)げられた大きな文字と、お祝いの花と共に私も登校してくる学生に声をかけ迎えました。検温もしたのですが体調不良の学生はいなく、欠席者も心配していたほどではなく、ほっとしました。ガイダンス、個人面談などがあり、4日から授業が始まり、長い間の休校で無機的であった校舎も学生が登校したことで、生き活きと有機的な空間になり、やっと学校らしさが戻ってきました。学生がいるのが当り前のそんなありふれた普通の日、こんな日常が続くことがどんなに貴(とおと)く幸せであるか、ということを改めて思わせられる日々です。
令和も2年になりました。令和という元号の出典になったのは、万葉集の「梅花の宴」の序文ですが、これが書かれたのは天平2年で、この天平期は天下太平(てんかたいへい)どころか、今と同じ疫病(えきびょう)の時代で、時の権力者であった藤原氏の子供も疫病で亡くなるなど、貴族や農民にも広がり、人々が飢え苦しむことを憂(うれ)いだ聖武天皇が、平安を祈って建立(こんりゅう)したのが奈良の大仏で、万葉集にもそうした疫病を鬼病と表現したものがあるそうです。
万葉学者の中西進さんが、<人間の顔には目があり、鼻、耳がありますね。これを「め」「はな」「みみ」とひらがなでよく見ると植物と同じですね。芽が出て、花を咲かせ、実がなる。「み」が2つで耳ですね。息をする鼻は、生きることの根源で、植物も花を咲かせ、命をつなぐ。「さいわい」とは、花が咲くの「さき」という状態が這(は)うように続く「さきはた」が変化したもので、自然と人間は一体だったのです>。と言っています。
いま、その鼻はマスクで覆(おお)われ、息苦しい状態ですが、マスクを必要としない日常が戻ることを祈るばかりです。思い悩んだり、心配したりすることを憂(うれ)うと言いますが、「人」に「憂う」と書くと優(やさ)しい、になります。人の憂いに感じる心が優しさにつながるのではないでしょうか。令和の精神は、寛容の心で人々が和(なご)やかに暮らす。ということですから、本校の教職員には森羅万象(しんらばんしょう)への眼差(まなざ)しのみならず、その優しさを学生に向けて欲しい、との思いです。

2020.5.29

日に日に新緑の若葉青葉が濃く深くなり、陽に映えて、まぶしいほどに輝きを増しているこの若葉青葉が、私には本校の新入生、在校生の姿に重なってしまいます。本来なら若者ならではの人生の春、みずみずしい青春の輝きに満ちているべきときに、新型コロナウィルス感染拡大防止のためとはいえ、長い間、先行きの見えない忍耐を強いられ、心がすり減らされているであろう学生たちを思うとなんともやりきれないのですが、やっとおぼろげに光が見えてきました。
緊急事態宣言が解除されたことで、6月1日から再開することになりました。当然のことながらコロナ感染拡大を防止するため、3密をさける分散登校、分散授業、マスク着用、検温、換気、消毒他の対策をすることが前提の再開となります。やむをえないとはいえ、各行事の中止や夏休み期間が短かくなるなどもあり、学生には申し訳ないのですが、まずは助走期間としてガイダンス、個別面談などを行い、学生の健康状態、生活環境などを把握(はあく)して、いままで以上に個別対応、個別指導を心がけたいと思います。とくに新入生は初登校になるわけですから、慣らし登校期間として温く迎えたいと思います。
5月の薫風と共に私にとっての風物詩である痛風が、忘れてはいませんよ、とばかりにやってきました。毎年夏になると早かれ遅かれやってくる痛風は、同居しているのにふだんは遠い存在で、あたかも遠距離恋愛のようであり、古い表現ですが、見返りを求めないプラトニックラブ「純愛」のごとくです。その愛の証(あか)しが激痛ですが、痛み止めの薬を飲めば痛みはやわらぐのですが、それは痛風そのものを葬(ほおむ)ることになり、そんな残酷なことはとてもできません。その痛みはいつでもアナタのことを想っていますよ、というサインであり告白ですから、耐えるのみです。
このところ在宅ワークなどで自宅にこもる時間が増えるなか、モトカノともいえる水虫のことがなつかしく想い出されます。あの痒(かゆ)いところを掻(か)くときのえもいわれぬ快感がよみがえり、巣ごもり生活にあの水虫がいてくれたら、どんなに巣ごもり生活が豊かになっていたか、などと水虫との蜜月生活が思い出されます。いつの間にか水虫が治ってしまい、あれほどかたい絆(きずな)で結ばれていたと思っていた水虫に裏切られたとの思いで、いまだにその気持を引きずって生きています。
休校によって長い春休みになってしまいましたが学生にとっては、今までとは違う日常のなか、いろんなことを考え、想いをめぐらせ、ふくらませたこととで、多様な価値観を見つけることができたのではないか、そうあってほしいとの思いです。技術や知識だけではなく、クリエイターにとって大事な想像力が培(つちか)われ、それらが創造力につながり、これからの制作に生かされるであろう、と期待しています。
今後、新型コロナウィルスと共生していくため、新生活様式が提案されていますが、これからは、よりアート思考、デザイン思考が問われ、求められることと思います。新たな授業環境のなか、それこそが本校の役割であり、それらを豊かにする育(はぐ)くみを心がけたいと思います。
 

2020.5.15

初夏の5月は、新緑の若葉の香りが風にのってほのかに漂う、「薫風」と呼ばれる風薫るさわやかなときであり、この5月を、<陽の伸びる月、枝葉の伸びる月、こころも身も伸びるよろこびの月>。と作家の幸田文さんがエッセーに書いています。そんなよろこびの月であるはずが、大型連休も外出自粛のステイホーム週間となり、それが明けたら、との思いも緊急事態宣言が延長され、連休明けの開校もならず、その青春のときめきを謳歌し、躍動する季節を無情にも奪われ、いまだに我慢の日々を送っている新入生、在校生の姿や胸中を思うと、新型コロナウィルスなるものがなんとも恨(うら)めしいかぎりです。
ついこの間まで土筆(つくし)が顔を出していたのに、いつの間にか杉菜(すぎな)が茂り、春の初夏と思っていたら、夏日、真夏日があるなど、春を享受(きょうじゅ)しないまま、夏になってしまった感があります。このツクシとスギナは土の中で茎でつながっていて、例えれば親と子、花と葉のようなものですが、目には見えないけれど、つながっているツクシとスギナが、本校の学生と教職員にその姿が重なります。
見えない危険に目を凝(こ)らし、聞こえない音に耳を澄ますしかない脅威(きょうい)にさらされながら最前線の医療に従事されている方々への感謝はもとより、外出を自粛している人々、休業、休店をせざるをえない方々がいるなか、大型連休明けは人出が増え、非難する人もいますが、それぞれやむにやまれぬ事情や背景があるであろうことが想像され、お互いに頑張ろうという決意が伝ってきて、出かけざるをえない人たちのその人生へも畏敬(いけい)の念がわいてきます。感染拡大の収束が見えないことから、不安や不満が高まっていますが、これらには傍観者はいなく、加害者もいなく、全員が当事者であることを思い、今こそ「待つ」こと「許す」ことを共有し、受容し、寛容さをもって日常生活を送ることが求められているのではないでしょうか。
重苦しい空気が漂うなか、江戸時代、疫病封じをすると信じられた妖怪「アマビエ」が注目され、話題になっています。私は「アマビエ」を見間違い、あの「アマエビ」がと、いっときなごんだのですが、この「アマビエ」は予言獣のなかでも愛嬌(あいきょう)があり、親しみやすく、ほっこりと安らぎます。
まだ先行きが不透明ですが、本校も再開に向けて3密を避け、マスク着用、換気をし、分散登校、分散授業などを行うべく準備をしています。再開するにあたっては、いままで以上に、学生たち1人ひとりに寄り添い、心のケア、心の受け皿としての役割を担い、期待や希望を描けるべく本校が現代の「アマビエ」でありたいとの思いでいます。
 

2020.4.28

本来なら、4月〜5月の学校は新年度になり、新学期が始まり、大型連休を迎えるときですが、いまだに再開の見通しは不透明で、気持がゆれる日々が続いていて、本校も教職員はテレワークなどの在宅勤務、時差通勤などの対応をし、私も自宅待機をして出校を控えています。

そんな中、小池東京都知事から引き続き外出自粛して大型連休を「ステイホーム週間」としていただきたい、との呼びかけがあり、行楽によい季節ですがゴールデンウィークなどとはとてもいえない状況です。都内のあちこちも閑散(かんさん)としていて、ほとんどの店舗がシャッターを閉め、休業を知らせる掲示が目立ち、毎日が縁日のような原宿竹下通りもほとんど人通りがなくなるほど、日常的な見なれた風景や光景が失われ、まるで「季節のない街」「沈黙の春」のようです。人間社会は見えない脅威(きょうい)に、どこにももっていきようのない閉塞感におおわれ「幻の春」になりそうです。

季節の春、自然の春は、山の新緑が然え、花が咲く春らんまんです。これをたとえて「山笑う」といゝ、春の季語でもあります。そんな山笑う里山から毎朝ウグイスの鳴き声が聞こえ、ひととき、なごみ、ほっとし、思わず笑(え)みがこぼれます。

春告げ鳥と呼ばれるウグイスですが、東京のウグイスの鳴き声は2000年3月を最後に観測ができていないそうです。本校1号館前の宮廷ホームからウグイスの鳴き声が聞かれたのは10数年前まででした。いつの間にかいなくなり、気になっていたのですが、観測地が千代田区とはいえ、そんなに前から幻のウグイスになっていたとは……。この観測は、全国の気象台や観測所の半径5キロ以内で対象の花が咲いた日を「開花日」生き物を初めて見た日を「初見日(しょけんび)」鳴き声を聞いた日を「初鳴日(しょめいび)」として記録するものだそうです。対象の動植物を30年間に8回以上観測できなかった場合は、季節を追えない。として除外するのだそうです。本校の開花日はいつになるか。との思いでもあります。ウグイスは繁殖のためメスにアピールするため、オスが鳴くのですが、そのあとは雛を育てるため巣篭(すご)もりをします。いま人間も外出をおさえ、できるだけ自宅で過ごすことを「巣ごもり生活」などと言っていますから、私たち人間も生態系の一部であることを思い知らされます。

当り前にあるモノやコトのかけがえのなさに気づかされ、当り前であるが本当は当り前でないことに気づかされる毎日です。

ペストが流行した17世紀、大学生だったニュートンは故郷に戻り、その間に「万有引力」の着想を得たのだそうですが、この大型連休に帰省したくてもそれが叶わずにいる学生や、アルバイトができなくなっているであろう学生のことを思うと辛いのですが、「創造的休暇」にして欲しいものです。

祈ったり、願ったりする空しさを感じつつ、巣ごもりをして、しばらくそうするしか術(すべ)がありません。

2020.4.15

春。という響(ひび)きだけで気持が温(ぬく)もり、華やぎますが、新型コロナウイルス感染拡大により刻々と事態が変化し、得体(えたい)の知れない陰影が濃く深くなって「幻の春」になるのでは、などと思っている中、7日には首都圏を含む7都道府県を対象とした、緊急事態宣言が発令され、より強い外出自粛要請が求められることになりました。
翌8日は、本校の入学式の予定でしたが、中止のため、当日は各学科長、学校長が新入生へのメッセージを動画配信することになり、私は次のようなことを話しました。
「コンニチワ!!校長の今村です。入学おめでとうございます。東京デザイン専門学校へようこそ。 今日は皆さんを迎えて、明治神宮会館で入学式を行う予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大により、入学式を中止せざるを得なくなり、こうした形で皆さんとお会いすることになりました。 皆さんが想い描いていた入学式とは違ったスタートになってしまい残念ですし、申し訳ありません。 「想い描く夢」はひとりでは叶えられません。夢の実現には、その夢を共有し、励まし合える人間関係が必要ですが、アナタにはまだ出会っていない、本校で初めて出会う多くの仲間がいます。これは偶然ではなく必然的な運命的な出会いです。アナタにはそうした仲間の他に、「アナタの夢」や「アナタの将来」を切り開く力をつけるため、学校生活を支援し、応援し、サポートする教職員もいます。 ひとりじゃないから、仲間がいるか続けられるのです。 授業が始まるのは遅れてしまいますが、「休む」ということも、「休む」というひとつの動きです。休んでいるからこそ見えてくるもの、見つかるものがあると思います。 休みが明ければ、希望と可能性が広がっています。 健康には十分気をつけて、元気でお会いしましょう!!教職員全員がアナタを待っています」。
その日の夜は、地球に月が近づいてひときわ大きく見える「スーパームーン」でした。春の満月の輝きは、新型コロナウイルスが収束し、終息するそのあとの希望を照らす光のようでした。
本校では5月11日ガイダンス。12、13日に個人面談、14日から1期の授業を開始する予定になっていますが、その間、新入生、在校生に各学科からそれぞれ自宅制作の課題が出されています。
正体が解き明かされていない新型コロナにより、先の見えない不透明な日々が続いています。予定通り授業が行えることを、ただただ、祈るばかりです。
 

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